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本文へジャンプ 2006年2月17日 
無題 2006年2月17日

 拾いもんです。問答無用で面白かったので無断掲載(サボリ気味)
 最も遅いオフ会レポート。余談。 2006年2月7日
 生存確認会の1次会終了。

 普段なら2次会も普通に出ているところだったんですが、次の日は朝から仕事でしたので急遽帰ることになりました。実家はさいたまさいたまさいたまなんで時間を気にせず東京で遊べるのに住んでるところは北関東。

 時間を気にしていかないとすぐ終電が終わってしまいます。
1次会が終わって時間をみると既に時間的にやばそうな雰囲気。
後ろ髪引かれる思いがありつつも、さささっと後退していきました。

 電車に揺られること1時間。雪も影響もなく無事到着。
東北のように除雪車や消雪剤なんてものはないので当然雪は残ったまま。
家までのチャリは結構危険をはらんでいました。(スリップしまくり)


だがもっと危険なものは家に帰って気が付きました。

二日もほったらかしにしてたのでMY DEARスパイダー君(黒おたまと命名)は
東北にいた時のレガシィ君並に雪被ってました(汗)

オープンカーなので屋根は布製です。このままでは雪の重みで歪んでしまいます。
心なしかヘッドライト(=目)も若干潤んでいるようにも見えます。

(てめえ、この野郎。2日もホッツキ歩いていやがって。早くこの重たい雪どけろ!)
と言わんばかりです(笑)

玄関のドアを開ける前に除雪作業開始。
ま、これぐらいだったら秋田県にいた頃毎日朝晩やってました(汗)んで問題なしです。除雪作業道具も完備してます。手馴れた手つきでこれまたさささっと・・・と思ったら
関東の雪は水分が多くて重い。意外と苦戦。

30分ほどしてどうにか完了。屋根の張り具合を確認。・・・大丈夫、下がってない(笑)
もう遅いから明日エンジンかけてみよう。

あくる日恐る恐るエンジンをかける問題なく始動。ほっとして出勤するのであった。
最も遅いオフ会レポート。最終回。 2006年1月30日

当日。AM10:00

前日より実家に泊まり準備をする。
昼のオフは集合場所が東京駅との事でボチボチ行くかな~と。
時刻ぴったりな計算だったのにも関わらず、途中催してしまい(苦笑)
秋葉原で下車。同時に帰りの荷物もがさばるのでコインロッカーに預ける。
(あ、間違いなく遅刻だ。)

てつ兄貴に遅れる電話をする。
電話を切ると姉妹サイトのTOMOさんからメールが。

「遅れたら殺す!」

新婚とは思えない殺伐とした、そしてのっけからの潰しメール(汗)
逆にいつもの(笑)TOMOさんでホットする。

12:07東京駅到着
オイラの中ではぎりぎりセーフ。
さて八重洲中央口は・・・・
お、いたいた!てつ兄貴にTOMOさんだ。ぷぅさんもいるな。
あとは・・・分からん(急激に心臓の鼓動が増える)
てつ兄貴より軽く膝蹴りを2、3発くらいながら客人の紹介をうける。
本日は8名さまの昼参加。

何でもTAKASHIさんが東京駅で迷子になっているらしくまだ駅を彷徨っているらしい。

数分後にTAKASHIさん集合。(風貌も実年齢も若い!)

さて飯どうするよ~の話になって。

「今日はぶ~が全部司会しないさい」
てつ兄貴の指示。
ちょっと前までみちのくな生活を強いられていたぶ~に先導しろと。
東京駅を全く知らず、(むしろあんたの方が知ってるだろ!)と内心思うも、
うちには強力な助っ人がいるのだ、TOMOさんである。

早速TOMOさんに恵比寿あたりのラーメン屋を探してもらう。
ラーメンだったら日本人共通の好きなもんだろうと。
TOMOさんの正確かつ適正かつ色んな意味で濃い知識から「九十九」に決定。
味噌ラーメンにチーズを載せるという「ああ、TOMOさんらしいチョイスだな」ということで
山手線で恵比寿駅に向かいました。


恵比寿駅到着。
ラーメン屋に向かって8名の奇妙な集団は雪中行軍を強いられた。
ほどなくしてラーメン屋九十九に到着。
時間帯も時間帯だったのですごい混み様。
しかし外のオープンカフェならぬオープンラーメンならこの人数でも可ということ。
「別れてもいいから中で食べませんか?」
というTOMOさんの至極真っ当な意見を党首はすかさず却下。
「東京の大雪の中、しかもおしゃれな街、恵比寿で敢えて集団が外でラーメンを
 食った方がおいしいでしょ。思い出になるよ

初対面の方が半数だったがこういう場合、主催者というイニシアチブはでかい。
てつ兄貴も外にしようとのことで

「第一回(そして最後かも)東京雪中ラーメン食い」
が行われた。
円卓を囲んで各人に水が配れた・・・・・・だが誰も寒くて飲まない。
注文はもちろん味噌にチーズがてんこ盛りなアレである。
半数の方は同じものを注文。トッピングはさまざまだった。

数分後ラーメンがきた。みんなすすり始める。思い思いの顔をしている。
「ラーメン食べているのに汗も出ないよ…。」
IRIAさんの一言が深く皆にじんわりとした笑いを誘った。
味の方は・・・皆さん是非お試しあれ。

飯も食い終わって行動開始。
まずはオイラの要望でシルバーアクセサリーを見にMIC恵比寿へ。
実は電車の中でピアスを落としてしまい、1つ穴が空きっぱなしだったのだ。
偶数だと縁起が悪いので早急に欲しかった・・・のだが
グッとくるものがなく、寒さをある程度緩和できたところで退出。


次にTAKASHIさんご要望だった「古着屋を見たい」との事で2nd-BOOMへ。

90年代にはヴィンテージてんこ盛りだったこの店も今やレギュラー古着が
7割を占めるぐらいになってしまい、価格も東京価格。
あまり欲しいものも見つからなかった。
ここでさとっち♪さんが意外な人を発見。
たけし軍団の頭脳とも言うべき浅草キッドの水道橋博士
付き人と連れて一緒にきていた。
彼も何か上着を購入しいたようで数分で出て行った。
ちなみに車はBMWミニだった。・・・結構おしゃれだったな。


お次はウエアハウス。小さな店内にぞろぞろ8人。
ぷぅさんトートバック購入。
続いてドゥニーム、ドライボーンズと続いてUESへ。
今回ぶ~は初めてUESに行きました。
昔は色落ち完了なジーンズで行かないと売ってくれないという
凄いスタンスだったようですが、今はそんな事もなく普通に買えるそうです。
おここでTAKASHIさん、ジーンズ購入。
UPするのを待ちましょう。

TAKASHIさん裾上げしているの図


マッコイズを舐めて、渋谷へ。
渋谷の憩いの場と言えばデニムワークス。
久しぶりにお邪魔しました。
既にkyo-1さんがお待ちかね。
合流して直ぐに出発しました。
ラグタグヴィンテージで皆さんハァハァしているものがあるものの
その時は何も買わず。
スマクロ、OT&E、ベルベルジンと行って踵を返す。
ベルベルジンに20万円で1922の501XXがあったのを本気で悩むもまた今度でスルー。
というのも時間も時間で集合時間結構めいっぱいだったから。

原宿から山の手線で新宿へ。
既にHALさんとstakさんは夜部の開催されるお店にいるとのこと。

ほどなくお店に到着。
夜の部の方々が続々と集合。挨拶もほどほどに先に入ってもらう。
てつ兄貴とオイラで待つことになりました。

二人しかいないんで
周囲は気にせず、超プライベートなY談をしてました
んが、何とオイラが待っていたyopzさんが真後ろに(滝汗)
「全部聞いてました?」
「いつ話終わるかと待ってましたが・・・」
「ってかずるいよ、ジーパン穿いてないんだもん。分からないよ」

ぶ~取り乱し気味で大慌て。
yopzさんの風貌はセレクトショップの店員とも見間違いそうないい男。
細身のカーゴなんか穿いてくるから違う人だと思っちゃったよ!

とりあえずオーナーさんだけ確実に遅れるとの事で20人で開始することになりました。
テーブルは予想通り分かれてましが、みんな和気藹々。

司会進行は勿論オイラ。
オイラの自己紹介から始まり、
合同企画に名乗りをあげてもらった各管理人さんの自己紹介をしてもらって
てつ兄貴に乾杯の音頭をとってもらっていざオフ会開始。
各々の自己紹介をしてもらいあとは好き勝手にという感じで考えてましたが
至るところで笑い声が。おお、盛り上がってる。
勿論話は表に出したら大問題なことばかり。オフレコである(笑)

・・・これだ!皆いい顔してる。
初対面同士もいるだろうけど、そんな感じは微塵も感じなかった。

オイラの求めていたものがついに達成された!
と言ってもほとんどオイラは何もしてないのでお任せばっかりだったので
やっぱり申し訳ない気持ちがどこかにある。

(ま、これで帳消しだ。)

と言うことでじゃんけん大会を間をみて開催。
案外盛り上がって、商品のしょっぱさも問題なかった(のか?)みたい。

と言うことで大盛り上がりの中オヒラキになりました。

激写バシャリ

「来年もやりましょう!」
という声が聞こえた。


うん、また来年やりましょう。


来年はもっと大きく、景品も豪華に(笑)
いっそ、KIJIROさんでも呼んでしまおうか!


終わり。
最後までお付き合いくださいましてありがとうございます。



突発的プランナー ぶ~。

以前のお話を見たい人はこちら

最も遅いオフ会レポート。第二談。 2006年1月29日
開催前々日。
PM11:00(相変わらず仕事中)

仕事の追い込みが進むパソコン前。

なんやかんやで悪戦苦闘する中でぶ~の休んでいた
『脳内生存確認会シナプス』が、否、自分のゴーストが語りかけてきた。




大人数集まるのに普通の飲み会にしていいのか?
それがお前の望むべきことなのか?
来た人を楽しませる事をしなくていいのか?
態々遠いところから来る人もいるんだぞ!
てつ兄貴(その他合同開催者様)にあそこまでさせて
お前は今、何をやっている?




そんな事が浮かんでしまっては仕事どころではない(笑)
早速出来そうなことを考えた。


とりあえずノベルティプレゼントで行こう。
知り合いに頼めば何とかなるだろう。


早速てつ兄貴に確認。
同時に会の司会進行や会の幹事などすべてぶ~が統括することとした。

「もっと前から言ってくれれば、ベルトループぐらい作ったのに!
 ノベルティと司会は任せた!ってかそれぐらいやれ!!」

「了解。」



前日。

色々なメーカと交渉。
ようやく揃ったノベルティ。結局2社からいただける事となった。
もっと前から集めておけば良かったのだが、正直大したもんはない。
(まあ急だったし、これ以上もらうのも悪いな。)
妥協はしたくなかったのだが、先方があってのもの。
ご協力メーカ様ありがとうございました。

そしてもう一つ渡せるものがあった事を忘れていた。
そう、NOMARK党杉並支部TOSIさんからの怪しいアメリカからのプレゼントがあった!
これも合わせれば3種類。


(とりあえず数はそろえたぞ。あとは当日何とかなる・・・筈。)
期待と不安を胸に眠りについた。


つづく。
もっとも遅いオフ会レポート 第一話 2006年1月28日
構想は1年ぐらい前からあった・・・。



常々考えてた。



何で「こだクロ」のオフ会はいっぱい人が集まるのに
うちらのオフ会は毎回毎回馴染みしか来ないんだ?と。
軽く羨ましく思ってた。

「あれぐらいでっかいのやりたいなぁ」と。
オイラにはKINJIROさんほどのカリスマ性はないけど横の繋がりはそれなりにある!

そんな気持ちを胸のどこかに抱きつつ日々を過ごしていた。



毎回開催するオフ会。

馴染みの顔。絶え間ぬ笑い声。楽しい時間。

凄く楽しいけど、もっと新鮮な感覚を味わいたい。
この楽しさをもっと多くの人に知ってもらいたい。



気持ちはどんどん加速していき、てつ兄貴に軽い気持ちで打ち明けた。
ぶ~  「来年でかいオフ会やろう。」
てつ兄貴「よしやろう!」

二つ返事で了承してくれた。流石気の知れた好敵手である。



ぶ~の脳内シナプスは瞬間結合を始め、宇宙刑事の変身も真っ青なスピードでプラン構成にかかった。
ぶ~「年始の新年会を兼ねてやりましょう。
   リンク貼ってる管理者さんに片っ端からメールしてさ。
   正直彼らが活動しているかどうか
   (自分のサイトなんかもう何ヶ月もジーンズをUPしてませんが)
   確認するために・・・そう!タイトルは
『生存確認会』!」
てつ兄貴「1月だと他の新年会ともかぶるから第二週か第三週にやろう。」
ぶ~「分かりました。オイラもまだ予定組んでないんでそこを中心に進めていきます。」

話は決まった。もう既にぶ~の仕事はこれで終了と考えてた(汗)



12月中旬

TOMOさんの結婚式
披露宴後、帰りの湘南新宿ライングリーン席にてジーンズサイト2大派閥(笑)の会合が行われた。
ぶ~「『生存確認会』どうします?」
てつ兄貴「もうそろそろメール攻撃でもすっか!」
ぶ~「じゃあオイラも少ないながらメールしてみます。」
てつ兄貴「よし、やろう」

・・・・実際オイラのメール攻撃はほんとに少なくて4人ぐらい(汗)
そこからはてつ兄貴が精力的に動いてくれた。
オイラも動きたかったのだが会社から帰ってくるのはいつも午前様
年末・年始は一番忙しい時期。実際正月に休んだのは1月2日のみだった。


てつ兄貴からくる日報に返事も書けず、申し訳ない気持ちでいっぱいだった・・・

気がつけばある意味先輩のぷぅさんが合同参加してくれる朗報。
お、初めての人もいる。リーバイス同盟のさとっち♪さんか、どんな人だろう?
日々増えていく参加人数。

そしてDENIMGALLARYのTAKASHIさんの合同表明。


現在20名!(最終的には21名)
すごい!集まったなぁ。これも合同で開催してくれた他のお三方のおかげと常々。


そう言えばyopzさんからメール来ないなぁと諦めかけてた頃に
メールが「遅くなりましたが参加します、と」
(おいおい、もう締め切ってるよ・・・どうするよ?!)

内心どぅぎぃーまぎぃーしながらてつ兄貴に確認するも
「だめだって、もう人数決まったから入れられないよ」
と。う、やっぱり。仕方ない、今回は無理メールを出そうと。


あくる日。
てつ兄貴から参加OKの電話が!
欠席者が出たので枠が空いたとの事。

よかった!!
早速yopzさんにメールを飛ばした。



つづく
(三夜連続でお届けします。)
生存確認会! 2006年1月15日

 ええ~もうずっとてつ兄貴、他合同管理者様におんぶと抱っこ状態・・・
草案者であるぶ~は何にも出来てません(汗)というかしてません(滝汗)
ほんとご迷惑をおかけしてます。(深く反省)

そんな状況でも話はどんどん膨らんでいき、最終参加者は19名とオイラが出たオフ会では1番か2番ぐらいの大人数オフ会になりそうです。

合同参加者さんにうちでもリンクを貼っているDenim GallaryのTAKASHIさんが名乗りを上げてくれて5大合同オフ会になりました。

その他にも多数のサイト管理者さんが参加されるとのことで新たなリンクが増えそうで楽しみです。久々に本気でジーンズのお話でもしようかと思ってます(笑)

実際オイラ自身もサイトを持ってオフ会に参加して見聞が拡がりましたからね~。
今回色々な事情で参加が困難な人の為にレポートは書いていこうと思いますが
やっぱオフラインミーティングなのでオフレコな内容が中心になってしまうかと。

とりあえず眼バリ要れた全体写真入れる予定です。
お楽しみに。

緊急告知!! 2006年1月8日
ええ~当初はてつ兄貴んとことの合同オフ会とのことでしたが
うちとリンクを貼ってもらっているさざなみ通信のぷぅさんと
リーバイス同盟のさとっち♪さんも一枚噛んでくれたので4大合同オフ会になりました。
もちろんサイト管理者の方、一方頂ければお名前が付きますので
名前を売るチャンス(?)ですよ(笑)

「生存確認会」が飛躍して「生存主張会」になりそうな悪寒です(笑)
もちろん「逸般人」のご参加もOKなのでジーンズが好きであればお気軽にご参加ください。

NOMARK党員は強制参加ですので覚悟してください。
党首からの強制参加メールは敢えていたしません(ニヤリ)
新年一発目とりあえず気合を入れて残り350日ぐらい乗り切りましょう!(笑)

前フリはこんなところで日程告知です。

2006年1月21日(土曜日)夕方6時ぐらい東京都山手線圏内で
昼間は恐らく街をぶらぶらしますのでそちらの参加希望の方もメールください。
期限は1/16までとします。おいらかてつ兄貴んところにメール送ってください。

適当につくってみた。・・・・適当過ぎた・・・(滝汗)


ええっとお次は最近見たB級映画で最もインパクトのあったものをご紹介。
映画好きのぶ~が4回トライして漸く全て見終えた(そのうち3回は寝てしまった)
強敵です。SFでしかもスターウォーズ顔負け・・・というかパクリ(汗)
突っ込みどころが満載でどっから突っ込んでいいのかさえ迷ってしまう。
インド版スターウォーズ・・・・その名は・・・・

アーリャマーン。

天才テレビ君並かそれ以下の特撮!
無駄に多いリフレイン!
どうみても25歳に見えない主人公!
ワイヤーをかなり意識させるアクション(しかもスロー)!
支離滅裂なストーリー!
インドのTV視聴率過去最高をたたき出した化け物です。

すんげー暇でどうしようもないときにご覧ください。
「あ、時間を無駄にした!」と思ったあなたは正常です(笑)

ぐぐったらアマゾンで売ってた・・・しかも微妙に高い。
是非近くのレンタル屋で借りてください。(借りれるかどうかかなり微妙ですが)
袋の中身は難でしょね? 2006年1月3日
新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくぶ~共々NOMARKPORTALをよろしくお願いします。

 な訳でニューイヤーを明治神宮で過ごし、その5時間後ぐらいには福袋を死ぬほど売ってました。

 2日目はお休みだったので、そして5年ぶりの関東だったので福袋を買いに行きました。前々日にkyo-1さんから買いに行きませんかメールを頂いていたのでそれに便乗する形になりました。(結局集まったのはkyo-1さん、てつ兄貴、オイラの3人でした)
 場所は以下の袋で確認してくださ~い。



で中身はこちら。

3つのお店で各1万円。そして中身は合計13点。
※キャリー品とは言え(※1年以上昔の商品、今シーズンものではないもの。)プロパーの総額は15万円を超えます。それを1点単価2500円ぐらい。
まあ着れる物があれば安いんですがね・・・
驚いたのが冬物があんまりなくて・・・といか皆無でみんな秋物、そして半そでまで(汗)
スウェットの一つぐらい入れておいて欲しかったなぁなんて。

まあkyo-1さんは 「ネ申の引き」でしたが(笑)

福袋は良いもの入ってればそうでないものも。
そうでないものが入っていたとしてもそれはそれでしょうがない。
それが福袋の醍醐味。とりあえず全部試着してみよう。

皆さんは福袋買いましたか?いいもん入ってましたか?
1年間ありがとうございました。 2005年12月30日
いや~あっという間に1年経ってしまいました。
この1年間は本当に移動の多かった。
去年の今頃は秋田県で大雪と戦っていた頃かと思います。
それから夏の時期の北海道を経験し、今は関東。
1年で3道県を経験しました。
そんな訳で予想通りサイトの移植はまだ終わってないわけで。
今年で何とかしたかったんだけどなぁ。
内容は来年しっかり更新していこうと思います。


さて今年は何本ジーンズを買ったかなと自分でおさらいしたところ
15本でした。いや~今年はよく買ったなと。
しかも穿けないジーンズがそのうち11本占めるわけですが(苦笑)
これのUPもしなきゃあいけないしで来年もネタには困らないものの
時間を如何に作るかがかぎになりそうです。

そんな訳で今年1年間見て頂きましてありがとうごじざいました。
来年もよろしくお願いします+よいお年を~!!
祝! 2005年12月18日


いや~めでたいめでたい。

いつもお世話になっている姉妹サイトのTOMOさん、ご結婚です。
激しく場違い感ありましたが、結婚式と披露宴に出席させていただきました。
他ネットの方々はてつ兄貴、HALさん、tomyさん、Kyo-1さんというメンバーでした。
20歳過ぎてから初の結婚式で前日に洋服の青山でネクタイやらを急いで買い揃えたのはここだけの内緒です(笑)


ええ~会場でてつ兄貴やHALさんと合流。
服装チェックでHALさんカッコよすぎ。
てつ兄貴・・・・ん?んんん???何だ~その足元は!!
なんとホワイツブーツ。真っ黒だからってそれは・・・
「これしか(黒)持ってないんだもん。仕事でもこれだよ!」
とは本人の弁。
セミドレス故、婚礼もアリか!っておい。

結婚式を経て、披露宴へ。ここでtomyさんと合流。
どう見ても堅気には見えない風貌。最強感漂ってます(笑)

席は・・・かなりの上座。というか新郎新婦のお隣。
学生時代の友人、会社の同僚を差し置いて直近です。
いいのか、それで。ネットの力はすごい!←(間違い)
出てきたお食事はこれまた食べたことのないフランス料理。
素材一つ一つにいちいち仕事がしてあって味わうのが大変でした。
てつ兄貴向けなのかTOMOさんの意図的なものなのか至るところで甘い味が。
てつ兄貴の顔がだんだんと曇っていきます。
最後極めつけはケーキカットで出てきたレアチーズケーキ。
祝いのものなのでということでてつ兄貴気合の完食!なんと自分の結婚式以来
久しぶりにケーキを口にしたとか。本当に嫌いなんですね。
(その前の甘味系は全てぶ~が頂いちゃいました)

披露宴も終わりに差し掛かったところでkyo-1さん合流。病院に行った理由はなんと通風の疑いがあるとのことでしたがプリン体の塊のようなフランス料理のフルコースをものすごい勢いで食べてました。(本当にご自愛ください。)

記念撮影も無事取り終わり、一次解散となりましたが時計を見ると3時過ぎ・・・
飲みに行くにも微妙な時間でしたが探し回っているうちに4時になってオープンしているところになだれ込み、夜の9時までぶっ通しで飲んでいましたとさ。
いつまでもお幸せに!!
そしてこれからもよろしくお願いします!!

さて次の日はぶ~のくるまののうしゃのひです。
散々引っ張っておいて内緒にするのもアレなのでご紹介します。
新しい相棒は彼女です。

ALFA ROMEO ALFA SPIDER 2.0 TWIN SPARKです。
(写真はオイラのじゃないです。イメージ)
独身でオープンカーは今しか乗れないと確信して勢い買いしちゃいました。
ローン地獄と引き換えに(苦笑)
左ハンドルで5MT。5年ぶりのMTは楽しい楽しい。そして難しい。
凍結してなければ来週あたり筑波山にでも行ってみよっと。

前の彼女には(レガシィ君)最後、日本酒を飲ませてあげて
「今までどうもありがとう」と言ってお別れしました。
新しい主の下で幸せに暮らしてください・・・

そんな訳で今年で一番明るい話題でした~。
徒然 2005年12月4日
 何度目なんだよ、このタイトル(汗)
先週はひたすら忘年会でした。木曜日部署内忘年会、金曜日部長とサシで忘年会(と言っていいのか?)土曜日元会社の同僚と忘年会。
この3日でどんだけアルコールを摂取したことやら・・・でも楽しいよね、お酒。

土曜日は渋谷で飲んだんですが余裕の終電逃し。地元の友人が偶然近くを車で流していたので拾ってもらい事なきを得ました。持つべき者は地元の友達だな、うん。

 さて車ばっかでジーンズのネタがまったくないのもなんなんで先週あたりに書いた垂れ込み購入物(未払い)が届いたのでお披露目します。

これがその購入物(未払い)のパッチ。
そう、BLUEWAYなのです。パッチの質感は当時のジーンズの貧弱な雰囲気はそのまま。恐らく、というか間違いなく1971年に製作されたものと思われます。それは何故か。


品番に1971の文字が!単純ですけど当時の品番のつけ方から推測すれば間違いないでしょう。画像で潰れちゃってますけどなんとコーンミルズ社のデニムを使っています。キャントンもそうですが案外米国産デニムを使うのが主流だったのかもしれませんね。
さてもう一つ。今度はGジャンです。

こちらはもらい物。ビックストーンのGジャンです。

かなり均整のとれた3rdタイプです。というか3rdまんまですな。着丈は短めで557XXの雰囲気を持ってます。ステッチもオレンジ×バナナイエローの2色使い。これもビックストーンネームということから1970年代製でしょう。
いずれこれも色々調べていこうと思います。


と言うことで年の瀬なので今年度のジーンズの総括を少し。
今年は個人的に国産ヴィンテージのあたり年でした。数えてみたら今年度だけで9本!まだまだ増えていく予感です。このままこのサイトが国産ヴィンテージと車のサイトになる悪寒しまくりで来年は来年で楽しみなのですが、その前に引越し作業を完了させろという感じなんで来年こそは引越しを完了したいなぁと。(と言うことは今年はまったくやる気なし・・・)ああ、早く暇にならんかなぁ。
The Last Long Run 2005年12月4日

 ついにレガシィ君とのお別れが確定したので最後の思い出と、栃木県に行ってまいりました。(今年中はジーンズの話しない悪寒)

 お目当ては二つ。ひとつは魔方陣。
栃木市にある駅舎を移築したスーパーカーミュージアムである。サーキットの狼世代には堪らない70年代から90年代ぐらいのスーパーカーが展示してあります。

概観はこんな感じ。本当に駅舎ですね。横には鉄橋もあり、映画”stand by me”が再現でき・・・ません。出来ない理由は実際行ってみてください。



駅舎に入るといきなりロータスヨーロッパとトヨタ2000GTが出迎えてくれます。
パーテーションがかかっているので近くで見れない(残念)

入場料を払うと(大人800円)こんな光景が見れます。

円形に配されたガレージには程度極上なスーパーカーが静かに佇んでいます。
詳しく知りたい人は実際行ってみた方が楽しめるかと。

と終われせるのも悪いのでちょっとだけ紹介。
オイラも初めて見ましたブガッティ EB11。東京モーターショウでヴェイロンを見ましたがこちらのデザインの方がスーパーカー然としててかっこよかったです。
今回は幸運な事に最近創刊されたカーセンサーエッジの撮影の為、実際動いているところを見ることが出来ました。エグゾーストすごいことになってました。

そしてもう一台。フェラーリのディノです。これまた初めて見ました。
びっくりするほど小さい!そして着座席位置が低い!
ああこれがスーパーカーなのね、という感じでした。

スーパーカーでおなか一杯になった後はもう一つの目的地、日光へ。
関東圏では(特に首都圏あたり)小学校の修学旅行の定番な日光ですがオイラんとこは何故か福島県の会津若松で今の今まで行きそびれていました。
日光東照宮でも見てこようということになったんですが・・・・


いろは坂行く頃には雪がちらつき、華厳の滝ではかなりの量降ってました。

帰りにはこんなになってました。同じ栃木県なのに大分気候が違います(汗)
夏タイヤでふんふんふ~んと出掛けていったのでかなりビびりながらの運転に(笑)
それでもレガシィ君はそんな運転手を余所に完璧なスタビリティを発揮して
「青森・秋田の雪を体験してんだ。こんな雪、屁でもねえぜ。」と言わんばかりでした。

山を降りる頃には雪なんか降っていたことなんて忘れてしまうほどの晴れ。
そして高速で家路につきましたとさ。

あらゆる状況で確実なレスポンスのあったレガシィ君。
やっぱりいい車だなぁと再確認。

4年間共に過ごして少しさびしくなっているぶ~でした。


洗車でもしてやろう。
ジーンズの論文 2005年11月1月20日
大学時代に友人に頼まれて作った論文(っていうほどのもんでもないけど)がHD整理してたら見つかったので少し載せようと思います。(ねた尽き気味)

ジーンズとは?

狭義では3つの要素をどれも欠かさず含むものをジーンズと呼ぶ。

3つの要素とはデニム生地、金属部品、パターンである。

生地は合成または天然インディゴの藍色で染料されたコットン100%糸で、綾織りされたデニムを使い、構成する金属部品はボタンとファスナー・リベットである。

前身ごろに合計
3つのポケット(2つはスラッシュポケット、もう一つはパッチポケット。要所にリベットを配している事)後身頃に二つのパッチポケットを有する。

また後身頃には体の曲線に併せてバックヨークを使いパターンで立体的なスタイルである。

以上3つの要素からなるパンツがジーンズである。この要素が一つでも欠けるとデニムパンツやカラーパンツというカテゴリーに入る。

広義においては最低
2つの要素が含まれていればジーンズと呼べる。ジーンズと言う呼称がジーンズに定着していったのは1950年代のアメリカ。

 最初にジーンズと言う名で広告を出したのはブルーベル社のラングラーブランドであった。それ以前はウエストハイオーバーオールズやウエストオーバーオールズ、パンタローンズ、カウボーイパンツと各社様々な呼び方をしていた。

 一方ジーンズをGパンと呼ぶことがあるがこれはどこから来たのか?この呼称が生まれたのは上野アメ横というのが最も有力である。

 太平洋戦争後、米国の占領下にあった日本において駐屯していた兵士はGI(
General Issue)と呼ばれ、GIがよく穿いていたパンツがジーンズだったためジーンズをGパンと呼ぶようになった。Gジャンも同様な経緯をたどる。


今読み返すとなんとまあという感じですけど、昔は熱かったんだなとw

レゾンデートル 2005年11月6日
 何でファッションサイトなのに車の話なんかするんだ!と軽く突っ込まれつつ。

 ぶ~は車もファッションと考えています。
 洋服も車もライフスタイルのひとつ。どうせだったら良いもの着たいし乗りたい!
 という事でもう1週お付き合いください。

 昨日は会社の同僚が中古車屋めぐりをしたいとの事だったのでお付き合いしてきました。もともと買うものもある程度定めており、実車を見てどうするかということで。

 お目当てはフォードエクスプローラー。年式も年式だったのでかなりの破格でした。その破格さ故に胡散臭さもあり(特にアメ車だし)注意深く観察してみましたが
思い当たる悪い箇所もなさそうで1オーナーのディーラー車ということもあり、納車の際はしっかり整備もされることになったので目出度く来週にご成約となりました。

 人が車を買うと自分の何故だかほしくなるわけで他にも色々めぐっては見たものの欲しいものが見つからず・・・・・・だったのですが。

見つけちゃいました!


なんでもないどこにでもある中古屋さん。
店頭の道路に面したところではなく、事務所近くにそれは静かに佇んでいました。
キドニーグリルのアイツを。

その日は試しにエンジンをかけてもらったりエンジンルームを見せてもらったり。
シートに座ったり。

もう脳内は購入モードにシフトしてましたが、理性のフルブレーキをかけて何とか即決は回避。でも脳内はABS未搭載のようで左右に振られまくりです。

とりあえずその日は何にもせずに帰ることに。

んがっ

夜・・・どうしても気になってしまい、同僚にお願いしてクローズしたお店にもう一度見に行くことに。

運命の出会いなのかそいつの前にたって考えること2~3分。
どうしても踏ん切りつかず、同僚のご成約祝いもあり、もやもやした中、バーで朝5時まで飲んでました。(そこで出会った陽気なアメリカ人オースティンの話はまた違う時にでも)

あくる日。オイラはその中古屋さんにいました。
今乗っているレガシィ君がいくらつくか聞いてみることに。
・・・・・・・・・待つこと10分。・・・・・・・値段付かずだそうですorz
ただ、車検もたっぷりあるのでその分少しは下取りでがんばりますとのこと。


正直萎えちゃいました。レガシィ君はオイラが始めて買った車。
東京で買って東北や北陸をぐるぐるし、一緒に北海道に渡って再び関東に戻ってきました。4年間苦楽を共にし、彼女よりも付き合いの長い相棒です。

そんな相棒が値段つかずとは何事かと。
まあ9年式の8万キロ越えだから当たり前と言えば当たり前ですが。
もう少し一緒にこいつ(=レガシィ)いようかなと思った今日この頃。
キドニーグリルのあんにゃろめは実用車じゃないからしばらくあそこに佇んでいるだろうと踏んだのもあったのですが(笑)

はぁ、とりあえずお金貯めよ。
ぶ~的トウキョウモウタアショウ 20005年10月31日
日曜日に2005年東京モーターショウに行って来ました。ジーンズと一切関係ないし、そんなレポートは車系サイトで散々出ているのは重々承知ですが、どうしても書きたい事が。キングガードもUpしたばかりで1週間は持たせる予定だったのですが・・・
ゆっくりスクロールして読んでください。





LEXUS(配布カタログより)



かつてない高性能を操るとき。室内の上質なつくりに触れるとき。
そのすべての瞬間が、胸の高鳴りと心地よさで満たされた最高の時間となるように。

レクサスがお届けするのは、心に深く刻まれる「ときめき」と「やすらぎ」です。

重厚さや威厳を大切にするプレミアムカーから、心を満たす豊かさを味わうプレミアムカーで。高級の本質を追求するレクサスの未来の旅へ、ご一緒に。








LF-Sh
 プレミアムカーの頂点。そのあるべき姿とは。未来とは。
心に深く迫る存在感。そこに宿る優雅さ。その魅惑的な姿で、人を陶酔に導く。












LF-A
 そして、レクサスの世界はどこまで広がるのか。
 


 F1の理論と技術が凝縮された、レクサスのプレミアム2シータースポーツ。
 速さを象徴するエアロダイナミクスボディは、レクサスのデザインフィロソフィーであるL-fineseeが新たな飛躍を遂げている。

















 そしてレクサスの新たな挑戦がはじまります。







 ハイブリットを超えた、ガソリンすら必要としない動力の開発。







 環境への影響を限りなく0へ。そして超低燃費の実現。








 安全を第一に考えたプレヴィアスアラートシステム。








 軽量スティール+アルミニウムハイブリットチューブラーフレームシャシー。






 思うがままのハンドリング。オープンスポーツの新たな可能性。





 新しいプレミアムの確立。











 その名はレクサス 4号



























レクサスブースではなく、レクサス関係者休憩所(?)で発見しました。
 プレミアムの化けの皮が剥がれてますよ(汗)
その名は。その名は。 2005年10月29日


 1960年代、高度成長期を迎えた日本で生まれた日本製ジーンズ。キャントン、エドウィン、ビックジョン、ボブソン、ブルーウェイetc。

 現在も連綿と続くジャパンデニム=ジャパンジーンズの歴史の中で埋もれてしまった、ひょっとしたら生産者側すら忘れてしまっているかも知れないブランドがある。

 それがこのキングガードだ。恐らく本邦初後悔公開。そして世界配信初であろう。マイナーブランド好きなぶ~ですら買うまで知らない。そして今も分からないブランドだ(笑)

 意外に反響が大きく(??)正式Upするのは1年以上後になるだろう代物(しかもUpし忘れる可能性の方が大)だったが今回はこの場で少し紹介しようと思う。

 パッチである。紙製で当時の品質らしく、洗濯1発でアボーン間違いなしである。米国は王族や貴族社会のない歴史の浅い国であるはずなのに"KING GURAD"=王様の警備=近衛隊(しかも英国的な発想)というブランド名。しかも上にはウエスタンガードと。どっちを守るんじゃい!で、よーく下を見るとワールドワイドと。丁度ウルトラマンの放映開始時期とも重なる可能性があるのでウルトラ警備隊かサンダーバードみたいに国際警備隊なのかも(笑)
 さてその下には"Extra heavy Stiching"と。ステッチが重くても仕方ないのでは?デニムを厚くしないと(笑)それとも吉田かばんみたいに一針入魂という意味なのか?

フロントはジップ使い。何とタロンセミロックオートマチックジッパーが奢られていた。恐らく40年以上昔に製造されたにも関わらず現在の新品と変わらぬ滑りのよさと状態を保っていた。さすがファスナーの先駆者である。

ブーツカット故に耳は端っこしか残っていませんでした。珍しい黄色耳。ロックでしっかりかがってました。

 さてさて全体像は全然お見せしてませんが興味をもたれた方、いや、それ以上にこれを知っている方いらっしゃらないでしょうか?生産者の方からの情報末永くお待ちしておりますw

(フラッシャーも突っ込みどころ満載なのだがそれはUpの時にでも。)


無駄使い。大いに結構。独身だもん
稲妻轟かず。2005年10月23日
 ジーンズパヴィリオンのてつ兄貴の号令で毎年開催されているライトニング&クラブハーレーの合同イベント、稲妻フェスティバル’05に参加してきました。

 正直、雑誌ライトニングはTVクラブから(所ジョージ氏から)離れてしまい、その後全然買ってませんで、偶然てつさんに電話したときにその話を聞きまして朝五時から出動と相成りました。

朝7時過ぎに昭島駅に到着。いかにもアメカジの方々がぞろぞろと歩いていったので続いて行ってました。途中kyo-1さんが列に並んでいたのでいれてもらい、それから2時間並ぶことに。

並んで待っていると後からすっと今回のゲスト(?)であるダチョウ倶楽部の面々が。
皆さん、「うお~」とか「キャー」とかの声もなく微妙な登場となりました(汗)


 8時ごろにチケットが販売され500円の安い方を買う(2500円の方はメッシュキャップ付きでしたがどう考えても2000円はしない代物だったので買わず)
 そして9時同時開演!オープンと同時に走り出す方々。速攻園内放送で走るのはやめての声が即効で効いたようでそのあとはゆっくり歩く人々。

 で走った人の目当てはここだったようです。↑
リアルマッコイズのブース(=ナイロンかな?)オープンと同時にすごい人だかり。それもそのはず、市販よりもかなり安い価格でアウターなり、ジーンズなりが並んでいました。お客があまりにも先にきたもんだからレジで袋がどこに用意したか分からないハプニングも。
 A-2なんかもあってレザージャケットを3枚ぐらい鷲摑みで買っていったツワモノも。
そう言えばA-2着用率は全体の5%程度かな。少ない数値ですけど目だっていました。
そんなこんなしているうちにてつさんも会場内に着た模様。とりあえず後で合流することに。


マッコイズのお隣にあったのはアメカジでは急先鋒、新たなスタンダードになりつつあるフラッドヘッドでした。マッコイズと同様かなり混んでました。安売りをしないフラッドヘッドにあってそれなりに安くなっていたようなのでこちらもかなり好評だったようです。

 他にもフェローズブースでは(生)志村氏、トイズマッコイでは(生)岡本氏が拝めました。それなりに良かったかな?その隣のエビスがお客もまばら、商品もまばらしかも安くなってないで閑古鳥でした。忙しいだろうけど山根氏がいてほしかったなぁ。
他にウエアハウスやドライボーンズと結構アメカジ系多かったです。

 そう言えばジーンズチェックをしててびっくりしたのが今流行りのトゥルーレリジョンを穿いてる人が皆無だったこと(唯一確認できたのはショップのお姉ちゃんぐらい)でびっくりしました。あとはケツポケ無ステッチクラフト系が圧倒的に多かったようです。

上野商会(=アヴィレックス)にあったメッサーシュミット。限定Tを買ったら乗って写真が撮れるとのことでしたがそんな為にTシャツを買うのもどうかと思ったので撮影のみ(せこい?)んで上野商会は上で話していたトゥルーレリジョンの淡色が何と1万円で販売していました。定価28800円なのでかなりお買い得でしたが触手を伸ばす人は超疎ら。アヴィレックスの方がよっぽど売れてました。伊勢丹新宿店あたりにおいてあったら一瞬だろうになぁっと。ちなみに上野商会はトゥルーレリジョンの代理店だったりする。色々やってます、上野商会

イタリアのバイクDUCATIです。ブースがありました。バイクの免許持ってないけどハァハァしちゃいます。値段は150万以上~と普通車買えんじゃねえの~ですが魅力的ですなぁ。

とブースめぐりも飽きてきたところに気になる存在が。(存在↑早速乗ってみた)
UAZ(=ワズ)と言うロシア謹製の自動車です。ガチャピンに似ているのでガチャピンと呼ぶことにします。愛嬌ある顔で超アナログ。本当に現行車なのかと思ってしまいますがこれが旧共産主義のちから。以前紹介したロシア時計ロシアカメラを見れば納得いく?
 さてこのガチャピンの中の人はどうなっているかと言うと・・・

なんと運転席と助手席の間にエンジンらしき人が(汗)水冷直列4気筒だそうです。

てつ兄貴と合流してステージに目をやると朝1m隣をすれ違ったダチョウ倶楽部の面々がステージに立ってました。早速行って見ることに。

じゃんけんで後の景品が貰える企画。かなりいいものありましたよ。残念ながら抽選資格に入りませんでしたが・・・。

そんなんで12時過ぎには出てきちゃいました。えっと戦利品は・・・・・ない(汗)
だけどその後に行ったところで貴重品を手に入れることに。それは次回のねたにでも。

ジャージとわたし。 2005年10月17日
 先生あのね。


 小学生の頃のあの一件があって以来ジャージは専ら体育の授業と部活と家着でしたなくなってしまいました。未だにジャージで外に出るのは何らかの理由が(ジャージを着なければならないぐらいな)ないと近所のコンビニでさえ着替えて行きます。

 そんなジャージde外に着て行きたくない症候群にここ14年ほどかかっておりましたが会社でサッカーをすることになりまして、急にジャージが必要になりました。

 形から入ってしまうぶ~としてはアディダスかナイキかアシックスかプーマにしたいと脳内で決定。でもお遊び程度だからなるべく安く済ませたい。

 なので選択肢から早々消えたのはアシックスとプーマ。アシックスは横浜のベイサイドマリーナにアウトレットがあるものの、それこそ体育会系なノリのジャージを着てしまうと本気になってしまうので却下。プーマはアウトレットを知らない・・・・

 という事でアディダスとナイキの二つの選択となりました。早速休日に佐野のプレミアムアウトレットへ。

 まずはアディダスから。オイラの中でアディダス=サッカーってぐらいサッカーなイメージが強いし、Tシャツとハーフパンツもアディダスだったので今回もアディダス濃厚でした。早速サッカーなジャージ売り場へ。色んなジャージがあるものの中々サイズとデザインが一致せずでナイキへ。
 
 オイラは中学生時代バスケをやっていましてマイケル・ジョーダンがブルズで背番号23をしょってエアジョーダン6~8ぐらいを履いて頃。エアフライトハラチやエアフォース180、ダイナミックフライトやフライトライト(順番超適当)で名選手がコートを駆けずり回っていた頃です。

 そんな状況だったのでナイキ=バッシュというのが刷り込まれてましてサッカーのイメージは希薄だったんですけど、昨今のナイキのサッカー部門への入れ込みはかなりのもんで南半球のカナリア軍団のオフィシャルジャージもナイキですもんね。ってとこで少し期待して行ったんですが・・・サッカーコーナーはまるでアディダスに気を使っているのかと思わせるほどの薄い品揃え。ゴルフなんて壁面かなり使っているのに。

 それでもナイキとアディダスを2~3回行き交って購入したのは以下のものになりましたとさ。

・・・何故かオリヴァ・カーンになってました(笑)
 スパイクもアディダス。シンガード(脛当て)はナイキということでアディダスフルラインのスポンサードではなくなりましたが(笑)

 それにしても最近のスポーツ系はすごいですね。ハイテク素材なりは当たり前なんでしょうけどジャージしたって腕の部分や脚も立体裁断でサイズの割りに動き易いし、このスパイクにしてもシューレースが静脈が多い甲の中心ではなくずらして更にべろをひっくり返すことでボールをける時の紐の無駄な摩擦をなくしたり。しかもソールはトルション採用。
 脛当ては踝までサポートがついて足を挫かない様にしてあるしという事で10年以上前の装備しか知らないぶ~には浦島太郎状態でした。

 さて明後日から練習だ。がんばろう。
自転車乗りたい病 2005年10月10日
 突発的な買い物を衝動買いというと思いますが、おいらはその気が強いような気がするのを最近気づきました。

 というのも最近太ってきたことをひしひしを感じており、これでは如何なということで通勤を自動車から自転車に変えようと思ったのです。

 実はMTBを以前持っていたのですが新潟県に置いてきてしまい、今自転車なしの生活です。実際ないと困らないと言えば困らないのですが、欲しくなるとちょっと離れているところだと車だと出すのが面倒。歩くの面倒で自転車ほしいなと勝手に買う理由を脳内で増やしていきます。

 更に深刻な問題は原油高によるガソリンの高騰。レガシィ君はターボなのでハイオクタンをがぶ飲みします(汗)最近は街のりが多くなり、燃費は悪くなる一方。お財布にも環境にもよくない状況です。

 そんな理由がいっぱい出来たので即刻買うことに。

 だけど何を買うかからまた広く深くの(汗)探査が始まってしまいました。色々ネットを探っているとMTBからロードサイクルへと自転車の主流が変わってきているようで

 じゃあとりあえずロードっぽいもので。と思った矢先この事件。(リンク先見てね)氏の盗まれたオレンジ号を作ったお店が何とオイラの住んでいるところから至近距離!(知らんかった)知ったのはお昼のワイドショーだったりしたわけですが(汗)

 そんな訳で早速お店へ。色々見ていると平均単価高いのね・・・(汗)
店員さんに一声かけられるも、回りのお客さんも車に自転車を乗せるキャリーをつけて更にキャリーには本気系な自転車が乗っかっててそれっぽいジャージを着ている本気系な人ばかり。一見さんお断り雰囲気たっぷりだったので(本当の理由はお金がなかったというのは秘密)速攻撤退。

 とりあえずはネットで情報を集めなおすことに。その間どうしようかと思っていたら実家に残っている大学時代に乗ってたチャンりんこがあるのを思い出したのでそれを持ってきて乗りつつお金をためる&知識補充していこうと。

 でもちょっと欲しいものは絞れたてきた感じ。ああ、また間違いなく散財だ。


宝物箱の中の宝物 2005年10月3日
 某氏のご好意で頂きましたビスネームやらリベットやら。(ソースは内緒)
改めて打つ前のリベット形状を確認できました。普通の人が見れば何でもないものでしょうけどオイラにとってはかなりの宝物です。何せ普通じゃ手に入りませんからね。何に使うとかは全然ありませんが(悪用しません。絶対に。)眺めているだけで大満足だったりします。

 ジーンズをおろして自分色にした時にずっと眺めていられる感覚と多分おんなじです。但しオイラは全体像よりもその中の小さな点だったりをすごく気にしていたります。そこを見れば製作者側の意図を読むとることが出来ると考えるからです。

 特にリーバイス以外(リーバイスもなんですけどね)のマイナーブランドのボタンデザインは本当に個性的かつ魅力的でどちらかというとそういう部分に惹かれてマイナーブランド好きになっていた経緯があります。この間久々に行ったベルベルジンでマイナーブランドのリベットの標本(?)が56万で売ってて本気で買おうかと悩んだくらいでした(ここまでくると病気ですな)
 
 そんなわけでこれを貰える事になった時は失礼だとは思いましたがごっそり頂きました(笑)これでぶ~かいぶのLeeやラングラーの歴史を書く際のに貴重なサンプルとなるでしょう。執筆はいつになるかかなり微妙ですが(汗)

 たまには自分のジーパンのリベットやボタン見てください。色々こだわりが詰まってますよ~。
ぶ~的3万円(ちょっと)のお買い物 2005年9月18日
土曜日は仕事でオフ会を予定していたにも関わらず(メールも用意してたのに)実現できず無念だったので日曜日はお買い物に行くことにしました。
 目的地は横浜ベイサイドマリーナ。アウトレットモール。相方はサブBBSによくカキコしてもらっている946氏を連れ立っていざ出発。
 
 京浜東北線で新杉田駅。そこから乗り換えて鳥浜まで。待ち合わせから2時間ほどで到着。にしても今日は暑い~。折角お気入りのエィスの長袖シャツを着てきたのにすぐに脱ぐ羽目に。Tシャツは6年もののNOMARKオリジナルTシャツ。大分草臥れちゃっているのでちょっと恥ずかしい。アウトレットでTシャツを買おうと意気込む。946氏も長袖シャツを着ていて同じように向こうでTシャツを買うことにした。

 昼ごろ付いたので小腹もすいた。丁度焼きたてめろんぱん(150円)を売ってたので衝動買いそして衝動食い。外はさくっと中はしっとりでめろんぱん独特な重さがなく。スナック感覚でいただけた。これはこれでうまい。もう1個買えばよかったとちょっと後悔しつついざモールへ。

 考えてみればここへ最初に来たのは5年ほど前。サージドゥニームとジーンズパヴィリオン合同オフ第一回オフ会が開催されて、その次の大きなオフ会だった。あの頃はオフ会自体がレアでまだまだ初々しかった。あの後からてつ兄貴やオーナーさん、スタックさんなどサイト管理者さんやtomyさんやじごく旦那さんとも仲良くさせてもらって今も関係が保たれてたりする。そう考えると記念すべき場所とも言える。

丁度モールでは7周年記念セールをやっていた。まずはトゥモローランドへ。一部商品が更に20%オフと。ジャケットがかっこよくてすぐに欲しくなるもまだ初めと言うことでとりあえず精神的キープ。その後SHIPS、2階へ上がりEDWINへ。軽く物色するつもりが946氏が面白いものを発見。

 ここで946氏の話を少しすると彼も相当アメカジ被れ。リーバイス&リー好きなナイスガイである。モノに対するの嗅覚はいいものを持っている(笑)

 見つけたのはLeeで50年代に出されていた101Y ユースモデルの復刻アダルト版である。バディリーのリアルサイズは実際持ってるし、知っていたけどこんなんがデリバリーされているとは知らなかった。Leeさんもっと広告打とうよ(笑)サイズはS~L程度あってお値段3900円。両脇ともツイニンイードルのダブルステッチでラングラーを彷彿とさせるディテールを有している。かなりテーパードしていてスリムフィットと呼べるスタイルだ。速攻試着してお揃いでお買い上げとなった(笑)

 続いてNB、UA、BC stockと周ってリーバイスへ。リーバイスレッドも少しあって一瞬心が動いたけどここ最近のレッドは狙いすぎ感が強くどうも宜しくない。第一期から第三期ぐらいまでが全盛だったように思える。ヴィンテージもショートホーンのウエスタンシャツとか微妙にリペアとかしてあってこれもまた面白くない。リペアとか貼り付けとか必要ないですから。普通に出してよと思った。

 するとまた946氏が発見。

 リーバイスの新しい試みLevis FenomのTシャツ。藤原ヒロシ氏が噛んでいるストリート色の強い、リーバイスミーツウラハラと言ったところだろうか。タブデバイスと一部リーバイスストアに置いてあるだけである意味リーバイスレッドよりレアと言えばレアである。リーバイスジャパンの公式サイトにも掲載されていないほどだ(笑)。

 オイラは丁度ウラハラ全盛時代のヒトの筈なのだがウラハラは大嫌いだった。俺たちのリアルクローズとか言って古着てんこ盛りだった某Boon誌(隠れてないね)が掌を返したかのようにこっちを特集して始めてからBoonを買うのを止めた。ぐらい嫌い。だけど何故か今もGood Enoughのシャンブレーシャツを持ってたりして同属嫌悪に近いものをもっていたのかも。

 そんな訳でリーバイスのオリジナルのプリントの上からSSのようなプリントが施されたTシャツ定価8000円のところ6000円。ん~~微妙な値引き。でも着て帰ります!お互い暑さには勝てず、同じデザインの(でもちょっと違う)黒Tを買ってモールを周ることになった。傍から見れば大の大人の男が二人お揃いのTシャツを着て並んで歩いているところを見て(しかもオイラはピアス「しているし)ホモセクシャルな方と勘違いされたことでしょう(苦笑)

 さてまたトゥモローランドに戻ってジャケットを悩んで少し離れて考えようと思ったら見つけちゃいました。

 20歳以下の方は親の同意を得てから着るようにと英語で注意書きが入る本気な大人ブランド、トキト。吉田十紀人氏のデザインするクロージングは本当に細部まで拘って、服好きのツボヲ抑えたラインナップを見せる。今回発見したのはこちら。薀蓄云々よりも着てみたときのシルエットが本当にかっこよく、お値段もここではかけないくらい破格だったのでお買い上げとなってしまった。ああ、インナーが少ないのにまあアウターを買ってしまった(苦笑)

 そんな訳でゴールドカードに代わっての初買い物。アメカジからはどんどん遠ざかっているのは間違いなさそうです。脳内フリークラスネタはどんどん増えていくのに・・・
911と言えば。 2005年9月11日
今日は総選挙でしたな~。選挙権があるにも関わらず、案内が来なかった&仕事で行くのをすっかり忘れていました。今回こそは・・・と思ったのですがね。
 ところで911と言えばアメリカのテロを思い出しますが、それ以上にオイラはあれを思い出します。そう、ポルシェ911です。

 何故かクルマに興味のなかった小学生の頃からポルシェだけは形が分かって何か特別な感情がありました。

 時は流れ社会人になるとレガシィに乗ってました。まあ東北地方での仕事でしたのでAWDは必須でそこそこ走れて荷物を積めるワゴンと言ったらレガシィしか選択肢がなかったわけです。レガシィはオイラにぴったりで雪道で命を助けられたことも1度や2度ではありませんでした。何時の間にやら6万キロもの距離を一緒に過ごしました。そんな彼女もタイミングベルトがヒンヒン言い出し、ブレーキディスクもボロボロです。交換ともなれば工賃含めて10万コースです。流石に愛した彼女でももうそろそろかな~と思い出してきたりして。

 丁度引っ越して雪には関係ないところに戻ってこれたので新たに車が欲しくなってきたわけです。そこで再び湧き上がってきたのが「ポルシェ欲しい病」。

 レガシィで水平対向エンジンの楽しさを知ってしまい、元祖とも言えるボクサー6に憧れ始めました。

 無論最新型の997なんて手も足も出ません。狙うは964です。
コード964の911は1990年に出された空冷エンジンを積み、エアコンなどの快適装備もある程度ついていて今なら300万程度で手が出るぐらいになっています。

 これなら手が出そうです。ただ10年以上昔の車なので足回りやエンジンのオーバーホールやらでリフレッシュさせると150万ぐらいかかり、結局500万ぐらい必要になるようです。
 う~んちょっと遠のいた(汗)。同じ価格帯ならもっと新しいボクスターという手もあるのですが、ソフトトップは冬怖い。

 そんな訳で今はジーンズ以上に熱を上げている車選びだったりしますが、まずはお金をためるところから。ポルシェ乗るのに一体何年、いや何十年かかることやら。

 価格を考えるとポルシェデザインなレガシィ=ブリッツェンがいいのかなと思ったり。
いつかその日がくるまで・・・頑張って頂戴よ、マイレガシィ。

オイラの乗る2代目レガシィ。三菱を首になったオリビエブーレイがデザイン。
4代続くレガシィで一番好きなデザイン。


憧れのかえる君。実家近くにポルシェ専門店があって実家に帰ると覗いてます(笑)
買えるのはいつになるやら。
ジーンズの考察 2005年8月26日
 もうそろそろ2005AWの流れが見え始めてきました。
一昨年あたりから続く激しい加工、つまり生地に穴を開けたりするデストロイ加工やそれをまたリペアする手法など行き着くとこまでいってしまったという感が強いこれらの加工は市場では未だに幅を利かせています。今期も相当数のそれらのプロダクツがリリースされてました。

 ※トゥルーレリジョンの加工。縦糸を削って横糸だけ残す手法

 ただ去年とは少し違い、原点立ち返りを匂わせる濃色も出始めているようです。紙面でも半数とは言わないまでも2割程度は出てきているように見受けられます。

 単に何も加工の施されていない(ワンウォッシュくらいはしてある)ものはどこで勝負するかが難しいところ。シルエットだったりポケットのステッチだったり ぐらいしかありませんよね。

 一昔前だったら糸や生地の薀蓄だけでクラフト系は馬鹿売れしていた訳ですが今はそうはいかない。そういう基礎部分は既に当たり前になってそれプラスαの要素が必要なわけです。クラフト系が200ブランド近くあったのが今はその10%程度しか生き残ってない現状を見ればフォロワーがついて尚且つ飽きさせないモノつくりをしなきゃいけない。

 その為には良い意味で癖のあるジーンズがよいのかな、と思いました。ただ癖の強いジーンズは流行のサイクルも早い。

 きっと今、喜んで穿いているジーンズもひょっとしたら10年後は恥ずかしくて穿けない。
そして箪笥の肥し化して何時の日かそれを発見して「こんなの穿いてた時もあったなぁ」
なんて思う日もあるのだろうと思っちゃったりしちゃいました。

ああ、また散文になってしまった。
そんな訳で流行にのって久々にノンウォッシュから穿き込みたくなってきました。
ラングラーあたりでも漁ろうと思います。

 歴史は繰り返される。皆さんの箪笥にもあの時代を飾ったジーンズありませんか?ケミカルとかスリムとかバギーとか・・・・・・・・あとペダルプッシャーとか(笑)




※上からトゥルーレリジョン、Lee、ペーパーデニムアンドクロス、エヴィス。バックスタイルは重要な主張ポイント。

新天地 2005年8月14日
 紆余曲折を経て自分の志望していた部署への移動が決まり、先週は引き継ぎと説明をひたすら受けていました。

さくさくっと ・・・・・・・全然わかんね(汗)

今まで与えられていた作業を行っていた部分を今度は与える側になったので本当に緊張します。毎日何をしていいのか分からないままがむしゃらに仕事しています。

生活も大分変わり、今まで平日休みだったのが土日休暇になり、約10年ぶりぐらいに土日休みを楽しんでいます。

あ、直接上司と顔を合せて仕事するのは初だな(笑)

 そんな訳で久々に(実に半年振りに!)東京に行ってまいりました。
まずは上野。万双で欲しかったバックを見に行ったのですが生憎生産中止。
なのにサイトにはまだ掲載されてんだけどな(汗)
イタリア製キャンバスとシモーネという革で作られたボストンタイプはフランスの生地にして再生産されるとのこと。しかも今度はオールレザーでも企画中とか。
5万円以内で頑張りますと店主の心強いお言葉を頂いたので11月の上がりに期待。

※無断転用です(汗) これ生産中止です・・・でもオールレザー版11月発表。いいかも。

 んで次に向かったのはなぜか秋葉原。以前電気街から電子街と書きましたが今は美少女絵街とでも言うんでしょうか。2次元虚構世界的ヴァーチャルな街になってますな。
そんなヲタな世界を満喫するため、行って来ましたメイドカフェ(でいいんだっけ?)。
怪しげなビル4F。札幌ススキノのおねーちゃんがついたお店よりも緊張(笑)

恐る恐るあがると「お帰りなさいませぇご主人さまぁ」(小さいぇとかぁが肝心)
とコスプレをしたお姉ちゃん(と言っても18~20ぐらいなんだろな)が出迎えてくれました。
未だにエヴァな学生服でした。
料金システムを聞いて早速ソファーに座ってヒト観察開始。
・・・ってかソファ安もんだなぁ。うちにある奴よりしょっぱいぞ。
さて我々が想像するヲタ君はいるかな・・・・・・あ、いた(笑)

という訳で彼の一挙手一投足をみるだけで楽しめました。

っとヲタ君は置いといて肝心のお姉ちゃんですが、どうやら「お帰りなさいませぇ~」は一般のお店で言うところの「いらっしゃいませ」なんだな、と。
そう考えるとあんまり恥ずかしくなく言えるかと思った次第。

んでお姉ちゃんのクオリティは・・・・でした(爆)どうやら声優のタマゴ系が混じってるとのこと。どう見ても高校生まで地味~~~~~に生きてきたような方々でした。でもこれでモテルんだから彼女たちにもいいことなのかもしれません。

ヲタ君の他、お客は意外と色んな人がいてギャル男やら一般ピーポーやら案外ヲタ君は少なかったです。どうやらヲタ君は2次元の方がお好みなようで(失言かな?)

・・・・・・て全然アメカジなお話をしてませんな。ジーンズ穿いてません。だって暑いんだもん。でも1本買っちゃった。
兄貴が買ったバディリージーンズに対向して限定版の方のバディリージーンズを。ローライズでケツポケかなり下につけられかなり現代風味なシルエット。かわいいです。UPは当分先かと思いますが(汗)

唐突ですがダースぶ~化しますた。
引越し直前 2005年7月28日
 北海道に来てまだ半年も経たずに移動が決まりました。
本州に戻るのは5ヶ月ぶり、そして関東圏に戻るのは実に3年ぶりです。
福島県郡山市から始まった東北周遊は実に様々な経験と思い出が出来ました。
郡山のJOB、新潟の古町散策、仙台の牛タン、秋田の稲庭うどんと大雪、津軽はりんごに不老不死温泉、FRISKさんとの対面そして地吹雪。北海道ではジンギスカンに味噌ラーメン、そしてKINJIROさんとのオフ会などなど・・・うまいもんしか記憶になかったりしますが、人脈も拡がり、道も覚えました。辛い事も多かったけどよい思い出です。
今度はデスクワークです。環境がガラッと変わるので今は期待よりも不安の方が強かったり
します。さて家探しだ。

話は変わってカジュアルな話でも。
日本市場に諸外国SPAが参入して数年が経っていますが、いよいよ米国最大の大物が日本法人を作りましたね。

その名はアバークロンビー&フィッチ。うちのBBSでもちょっと出ましたがいよいよ日本上陸です。並行輸入でも人気のあったブランドだけに本格進出でどうなるか気になるところです。逆に並行輸入であったが為に希少性が購買層を刺激したという見方も出来ますが。

考えてみるとSPAという言葉がなかった頃から外資の「手の届く高級感」攻勢はあった訳でその草分け的存在はラルフローレンでした。米国系で行くとその後GAPが入り、トミーヒルフィガーが入ってきました。欧州系ではベネトンから始まり、最近ではザラなどがあげられるでしょう。
その他、日本に入ってきていない大型SPAといったらH&Mがあります。

外資でこれだけ日本に進出していて対する日本では低価格帯のユニクロが底辺を支える格好となっています。日本発の手の届く高級感型SPAは誕生し、成功するのでしょうか??
とかく日本人は高級感を出す事は苦手にしてますからね・・・
久々に。2005年7月13日
札幌市内に行ってきました。こっちのヒトは「マチに行く」と言うそうです。
2週間ぶりの休暇だったので髪の毛を切りに行きました。

風邪も治らず、イライラしていたのでソフトモヒ真ん中ブリーチで落としてレッドを入れました。
椅子に座らされ3時間で改造完了。
・・・・・こんなんでもサラリーマン27歳です(笑)
上司に会うのが非常に怖いですorz

折角マチに出たので映画を見ました。丁度その映画を見ようとした瞬間に党員のHALさんからメールが。
アナキンが、アナキンが・・・
と一行だけ。う、先越された!と言うわけでみてきました。

後ろの「アキラ」のてつおは気にしないでください。スターウォーズEP3をようやく見れました。
平日だったこともあり、館内がらがら。特等席とも言えるベストポジションで見れました。
感想は・・・・・アナキンなりゆきだったのね・・・・・って感じです。劇中にミレニアムファルコンが係留されているところが見れるはずなんですけど見逃しましたorz

折角マチに出たので買い物しようと思い、和物をいっぱい扱っている粋屋に行こうとしたら場所を失念。
姉妹サイトかつ和物王であるTOMOさんに早速メール。すぐに返事が来て場所を確認。
早速行ってみると・・・・なんと改装中。再開は7/15以降・・・っておい、セール中に改装ですか?!orz

折角マチに出て色んな店がセール中なのに欲しい物がなかったので最近KINJIROさんのツテでお友達になれたRIGHTSTAFFへ。
平日でセールもやってないのにひっきりなしにお客さんが。
今となってはこだわりアメカジアイテムを売る数少ないお店でしかも店長さんの知識も豊富で人柄も良いので平日でも来るんでしょうね。

折角マチに出てライトスタッフに来たので夏も真っ盛りなので2年ぶりにアロハを買いました。

東洋エンタープライズ謹製シャヒーン社復刻コットンアロハです。水棲動物と落ち着いた色目、コットン製という事で持ってない要素を2つ含んでいたのでお買い上げになりました。今度のKINJIROさんとこのオフはこれで出撃する予定です。

折角マチに出てお買い物もしてお金もいっぱい使ったので満足して家に帰りましたとさ。
金曜日に大幅更新予定。と自分に言い聞かせながら・・・
つれづれ2 2005年6月30日
 継続の間にまたふと思ったことを。
職業柄オイラはヒトの財布を目にすることが多いです。
そして転勤族であるがゆえ地方色が出ると言うことも分かりました。

関東以北で男女別所持率ナンバーワンは

・・・・ルィヴィトンモノグラム。
これはどこへ行っても必ず見かけます。見かけない日はありません。
女子高生からおばさんまで女性所有率は非常に高いです。
男性ではやっぱりギャル男系が長財布を。高校生でも持っててびっくり。

一番見た地域はヴィトンブティックがない筈の青森県。
見栄っ張りが多いのか、右倣えが好きなのか、選択肢がないのか。
兎に角一番目にしました。

それにしても高校生がこういうハイブランドを持つと安っぽく見えますよね。
無論オイラが高校生だったときは持ちたいブランドでしたので言えた義理ではないのですが。

二番目はポーター。
お金のない(ハイブランドを買えない)高校生の必携ブランド化してます。
大学生くらいまで(見た目)がピークでサラリーマンやOLはほとんど持ってませんね。
中にはサラリーマンで持っているヒトも居ますが小銭出すときマジックテープをベリベリ・・・
と言うのは如何なものかと。

結局何が言いたいかと言うと年相応・収入相応に財布を買える必要があるのではないでしょうか?それから個性を。

継続 2005年6月20日
いや、風邪が治らず鼻汁とのどの痛みに苦しめられています。
いつもなら2~3日で治るのに今回は長引いてます。いいもん食ってないから治るのも時間がかかるみたい(汗)
 さて途中インターバルがありましたけど続きをやります。

岡山県倉敷市児島。ジーンズエンスージアストだったら名前を知らないとモグリです。
なにせレプリカエンスーの支持を得るウエアハウスの工場・・・もとい工房があります。
ここも非常に多くのジーンズ工場や工房があり、年に2回、地の利を生かした繊維祭も開催されています。
どちらかと言うとクラフト系メーカーはここの工房にお世話になっている事が多いようです。
 さて工房レベルの話をしたいのは山々なんですがここで紹介出来ないほどいっぱいあるので商社レベルでの話しをします。
 
 商社レベルになるとオイラも自作ジーンズを製作する祭にお世話になった烏城物産様(以下敬称略)があります。烏城物産は直接ジーンズを製作しているのではなく、ジーンズの要でもある「縫製糸」を販売しているところです。クラフト系にはどうしても必要なコットンカタン糸などはほぼここんちからのものと言っても過言ではありません。一般売りもしているようなので自作ジーンズを作ってみたいというヒトはリンクから行って見てください。

 児島と言えば実は知られてなかったりしますが、日本3大ジーンズブランドであるビックジョンがあります。メンズはEDWINに食われてメロメロですが、レディスはブラッパーズの美脚ジーンズでヒットさせ、そちらに力を入れているようです。1990年代にはレアジーンズを発表して(まだあるのかな?)ビックジョンのクラフトマンシップを見ることが出来たのですが、今はアクティブジーンズなどトレンドを意識したジーンズつくりをしています。

 他、ジーンズの加工に力を入れる難波産業、共和、宮武(縫製含む)があります。もはやレギュラージーンズやウィメンズでは色落ち加工なしにはジーンズは売れません。(その点、ノンウォッシュしか売れないクラフト系ジーンズは非常に特殊と言えます。)ヒゲやパッカリングなど年々加工技術は向上していると思いますが、近年は普通に穿いていても出ないようなアタリや色落ちを形状安定させたり、荒々しいヒゲやアタリの上からあえて綺麗な加工を施したり、脚を長く見せるための部分的色落ちと一口で加工と言っても多種多様になってきました。そんな加工を担っているわけです。

 またベティスミスは自社近くにジーンズミュージアムを2004年にオープンし、観光名所になってたりする。地元小学生の社会科見学のコースに入っているそうだ。(羨ましい)
このように地場産業を子供たちに理解してもらい、次世代の担い手を育てていく(育つかどうかは別として)事業を行うのは非常に意義のあることだと思う。

そんなわけで児島は学生服も作っていますがわれわれにとってはサンクチュアリであり、メッカであり、エルサレムであったりするわけです。何時か巡礼したいものです(笑)
気づけばもう6月も半ば。本州では入梅宣言だそうで、梅雨のない北海道はからっとしてます。涼しいし、すごし易いです。すごし易過ぎて風邪引きました(汗)のどが痛い。
精神的疲労もかなりのもの。こんな日はドライブでも行って気分転換でもしたいのですが、頭も痛いのでとりあえず寝ます。
ドライブで思い出しましたが、こんなメールが来ました。

載せてくれ~との事なので載せました。どこに載せるか迷いましたがとりあえず表紙を飾ってもらいましょう(笑)
ホイールはレイズのボルクレーシングCE28N 16-7.0JJ-OFF48
タイヤはミシュランのパイロットプライマシー 205-55R-16
ブーツは安東製靴のZII黒チョコツートンです。

レイズいいなぁ。安藤製靴いいなぁ。
安藤はどこぞのブランドブーツの生産実績も持つ実力派。登山靴を今も生産しており、その実力はワークブーツにもよく出ています。国内でも少ないノルベジャンを出来るメーカーです。
ただブランドイメージも知名度もないので知る人ぞ知るブランドみたいな感じですね。
ラルフのボタンダウンを作っていたアイクベーハーやブルックスブラザーズに対するインディヴィジュアライズドシャツとかそんなポジションです。
東京にお店があるので今度実家に帰った時は「必ず」寄ろうっと。
世界の中心の岡山 2005年5月30日
 一口に三備地方と言っても工場が一箇所に集約しているわけではなく、どちらかと言うと散らばっています。まずは岡山市から。

岡山市は城下町として栄え、備前焼やももたろうで有名だったりしますが、明治14年に岡山紡績所が作られるなど、古くから繊維業が盛んでした。

市内で有名なのは兼松繊維と興和、カイタックです。
兼松繊維は主にSPAやアパレル向けの企画・製造をしてます。
興和はオリジナルブランドを数種持ち、で主にレディスを展開。
カイタックは今をときめく(?)セブンフォーオールマンカイドやヤヌーク、チップアンドペッパーを扱っています。


と言う様に、同じ市内の企業でも同じ轍を踏まず、自社の強みを生かした戦略で独自路線です。自社ブランドを製造するところ、SPA下請け、海外ブランド代理店など。
どちらかと言うと工場というよりか会社という感じですね。
次は倉敷です。
世界の中心の三備 2005年5月23日
長い長い前振りになってすいません。
実は資料を無くしてまして先週漸く見つけて今回テキストに起こすことができるようになりました。
 さて世界から注目される日本の工場については既に前のテキストで書きました。
それでは日本のどこでジーンズが作られているのでしょうか?

 一部マニアの方ならご存知ではあると思いますが岡山県から広島県にかけての瀬戸内海側、三備地区と呼ばれるところが最も有名です。
 国内のジーンズ年間総生産数は8000万本にも及び、なんとその半分をこの地区で生産しています。

 元々この地区は作業着やユニフォーム、学生服を生産しており、繊維が地場産業でした。厚手のものも縫える利点を生かして、ジーンズの生産も行うようになったわけです。

 雑誌で一部露出しているのは大手のカイハラやクラボウ、坂本デニムなどでしょうがこの地方には更に大小様々なデニムに関わる企業がたくさんあります。
1企業が紡績・染色・織布・裁断・縫製・加工など一括でやれるところもあれば、それぞれの工程を分担して行っている小さな工房ところもあり、横の繋がりも強いです。

 もちろん企業が多くあっても技術がなくては話になりません。隣の中華人民共和国には安い賃金で大量に生産できるシステムが整っています。
 そんな世界競合を相手にして勝てる術は「高品質を安定供給」と「多品種小ロットの生産」への対応でした。1990年代に始まるレプリカブームでの細かい要望への対応も技術力を高める要因となったでしょう。

 このような背景があって拘りレプリカorクラフトジーンズや最新トレンドジーンズが今も作られていくわけです。今頃は秋冬ものを生産しているに違いありません。

 次回は更に三備地区でも特にデニムに強いところを紹介していきます。
 ジーンズ今昔物語。 2005年5月12日
 前回から2週間近く空けてしまいました。
GWを満喫していたわけではありません。GWは仕事でした。
オイラには長期休暇なんて言う素敵な休みは皆無なので皆さんが羨ましい。
党員は風邪っぴきが多いようですが・・・ご自愛を。

さて今回は工場のお話をしようと思ったのですがその前に面白いものを入手できたのでそちらを少しお話しましょう。



 さあ、この2本はどこのでしょう??
向かって左はフラッシャーが付いているから分かりますね。
キャントンネームが使えなくなり、大石をそのまま英語訳したビックストーンです。
右はと言うと前回のテキストにも出てきたペーパーデニム&クロスです。
かたや日本ジーンズの草分け的存在、かたや美脚ジーンズの先駆け。
製造には30年以上の開きがあり、一見何の共通点もないように思えます。
しかし全く関係なさそうなこの2本には奇妙な真逆の関係が存在します。

 ビックストーンは米国製のデニムを輸入し、日本国内で縫製しているのに対し、
ペーパーデニム&クロスは日本製デニムを使って米国で生産されています。

そう、この2本はデニムの生産国と縫製国が真逆なのです。
大石貿易は日本製デニムを使わず、米国生産デニムに拘っていました。
その背景には日本ではしっかりしたデニムが生産できていなかった事があります。

しかしその20~30年後には状況が全く逆になります。
ペーパーデニムと言ったら、映画俳優が穿いているので火が付き、少し前まで入荷待ちしなければ手に入らなかったぐらいに日本でも大人気になりました。今ではおしゃれなコンサバOLの必携定番とも言えるジーンズです。
そこが採用しているのが日本製デニムなのです。(イタリア製もあります)
今や日本製デニムはハイブランドにも採用されるぐらいのひっぱりだこ。
30年前とは偉い違いです。

日本のデニム紡績工場はその時代に合わせて研究を重ねて様々なブランドのニーズに答えてきました。その都度用途に合わせノウハウを蓄積し、現在に至ります。
さて一体日本のデニム工場とはどんなもんなんでしょうか?

というところで次回こそ工場の話を・・・

すぺしゃるさんくす HALさん
ジーンズバブル。 2005年4月26日

(トゥーレリジョン=ブランド立上げ数年で40万本を販売した。)

 現在世界的にジーンズがブームになっています。高級メゾンのコレクションを見てもジーンズを必ず登場させているし、毎年新しいブランドが立ち上がりっています。この状況に似た事が過去日本においてもありました。

 1990年代に起こるレプリカ系(=クラフト系)ジーンズの台頭です。ワールドフォトプレス社刊「にっぽんのジーンズ」を読めば当時どれだけのブランドが日本にあったかが分かります。しかしブームが過ぎると小手先のブランドは廃れ、独自の個性を持ったものだけが残りました。また、このブームが終焉を迎えても、残るものがありました。それは日本のジーンズ業界(=生産地等)のデニムの質や加工技術などを向上です。
 
 そして2000年も半ば。今度は世界規模で新しいブランドが台頭してきました。古くはアールジーンからペーパーデニムアンドクロス、セブンフォーオールマンカインドなど美脚ジーンズの草分け的存在から、トゥルーレリジョン、セルフォンタイン、アーネストソーンなど新進気鋭まで米国では非常に活発です。

 米国ブランドであるから生地も米国製か、と思うところもありますが日本製の生地を使っているブランドが多いです。1990年代の日本で起きたクラフトジーンズブームからの遺産が現在の米国ブランドを影で支えているわけです。外国人がデザインした日本製ジーンズ。ある意味逆輸入です。価格はレギュラージーンズの倍くらいはしますが(笑)
 
 ちょっと長くなりそうなので今日はここまで。
次回は日本のジーンズ工場の話をしていきます。
結婚適齢期? 2005年4月20日
 ぶ~は性格が内向的なせいか、職場のせいか少ない友達の中でも女友達の割合の方が多い。携帯メールをやり取りしているのも党員以外全員女性だ。

 年齢はオイラと同じぐらいの人たちばかりなのだが、最近結婚ラッシュなのだ。今年に入って結婚しましたメールは4~5件ぐらいある。結婚適齢期ってやつだろう。周りがし始めると皆そろってするそうだ。皆急ぎ始めているようだ。ちょっと気になっていた子が嫁に行くのはめでたい事のはずなのだが、ぶ~的にはあまりめでたくない(笑)

 オフ会では「27歳で結婚する!」と断言した手前、今ちょっと焦っている。そう4/20はオイラの誕生日。祝ってくれたのは実家の家族のみ。今年はちょっと寂しいな、と思う。ちなみにこの日に生まれた有名人はアドルフ・ヒットラー(汗)

 そんなわけで自分へのご褒美はエビスでTシャツを買い、ビックカメラでベルデンのスピーカーケーブルを買った。

 早速家に帰って、Tシャツを着て(もちろんボトムもエビス)オーディオにつなげて、お香を焚きながらジャズを聴ききつつ、これを書いています。音が格段によくなったのでニヤニヤにして悦に入ってたりする。こんな散財をして喜んでいるようではまだまだ結婚は先になりそうだ。
党首、男前に会う 2005年4月16日
遠くて近かったサイト「こだわりクロージング倶楽部」の札幌オフに飛び入りで参加してきました。
 と言っても仕事が終わらず、で途中からの参加。
しかも参加中に仕事場から電話が・・・しかもクレーム処理の話。
一気にテンションダウン。口数が少なかったのは緊張していたせいよりもそちらの理由が大きいかも。
 KINJIROさんも気を使って色々聴いてきてくれたのに上の空でした。(すいません。)
それにしても凄いテンション。ぐいぐい引っ張っていくところは流石大規模なオフ会を開催されるだけのことはあると思いました。
 こういうのをカリスマ性と言うだろうな、と。
結局、話始めてもいないぐらいで仕事に戻らなければならず、1次会も2次会分も奢って頂いちゃいました(汗)
次回はしっかり自腹で仕事片付けてから行きます!

 はるとんさん、たけぼんさん、だいちゃんさん、えっとあと女性の方(お名前失念)・・・ありがとうございました~♪
時計癖 2005年4月12日
 秋田県でポレオットとお別れして以来、左手は寂しい感じでした。時間を気にして仕事をするので困った事もしばしばありました。北海道に来てからヤフーIDを取得してヤフオクでも漁ろうと思ってましたが、つい入手しちゃいました。

 ぶ~の人生で初めて買ったスイスメイド、EPOSです。
ほとんど日本製で暮らしてきてロシアに行ってついにスイスまでたどり着きました(笑)
スイスメイドと言ってもかなり安価で機械式時計入門といったところなブランドです。これと低価格で双璧をなすのがフレデリックコンスタントあたりかな?まあ初心者向きです。
そんな素人臭いのを薀蓄の塊たるぶ~が何故買ったかと言うとびっくりするほど安かったからです。定価が安価なのに更に安くなってて思わず瞬買いしてしまいました。
定価が35000円ほどのオートマチックのデイト付き3針でこれが1万円ポッキリ(税抜きですが)。
東急ハンズで買ったのですがびっくりして「こんなに安くて大丈夫なの?(=原価割れしてない)」
と言ったら商品の入れ替えで残り少ないからこの値段でやりますとの返答が。
しっかり1年保証もついて、箱も付く。箱代で1万とりそうなほど高級な箱だ(笑)
そんなんで喜んで瞬買いしちゃいました。時計専門店ではないところならではの在庫整理です(喜)

すぐに付けて帰りますと言ったので、そのまま付けて帰りました。
久々に左手首に重さを感じながら、無駄に時間を気にしたり。
よし、明日から仕事がんばるぞ、と
EVISU札幌勝手にレビュー 2005年4月12日
 先日ペンキ入れをお願いしていたEVISU札幌にジーンズを取りに行きました。
3日ぶりに自分のジーンズと対面。黄色を入れてもらいました。一応イメージとおりに仕上がったかな?

 想像したとおりのデキでした。(アタリマエか。)本当のところを話すとLeeモデルを買って片ポケ「~」でもう片方を「ぶ」と入れてもらおうとも思ったのですが生憎そのようなサービスはやっていないそう。残念。片側だけならそのまま「~」ができるのでもう片方は何も入れず自分でペンキを買ってきて入れる事も出来るのですがわざわざペンキを買うのもどうかという事でまた次回ということになりました。

 それにしても今日は平日だけど2時ぐらいでお客さんが一番居なきゃいけない時間帯なのに誰もいませんでした。店員さんが3名。お客さんはおいら1名だけ。大丈夫なのか、エビス?スタイルブックでは50店舗まで増やすと鼻息荒く語っていたけど、それだけ捌ける価格帯でも知名度もないような気がする。チラシやTVCMなどの販促活動もしていないし、そして期末のバーゲンすら一切やらないし、このままでは在庫が溜まる一方では?と正直心配になった。

 と言ってもエビス信者さまは一人でまとめて15万円ぐらいぽーんとお買い上げするそうなのでお得意さん(上得意)さえ付けば問題なしなんだろうなぁ。

 洗ってからの裾上げということでこれまた1週間かかるようです。洗濯は裏返しで普通に洗濯してもらってその後乾燥機に打ち込んでくださいとお姉店員さまがおっしゃってました。乾燥機ないので天日乾燥でいこうと思います。レングスはかなり縮むそうなので裾上げ必要ないかもですとも言ってました。え、オイラ脚短いけど大丈夫なの?ってかブーツカットなのにそんなに縮むの?とアタマの中に「???」と?マークが3つも点灯しましたが店員さんが話しているのだから間違いないのでしょう。色んな意味で洗濯が楽しみになりました。
・・・・あ、UPするまで内緒にしようと思ったのにブーツカットって言っちゃった(爆)

 エビスを後に次に近所のペールフェイスへ行きました。鳥小屋に雨除けとして付けられていたという1930年代以前のジーンズたち(主にリーバイス)を偶然発見したオーナー。そのオーナーが開いたのがペールフェイスです。

 その話を雑誌ブーンで見た時はすげぇなと思って今にも北海道へ行って見てみたいと思ったものです。まさか自分が北海道民になり、クルマで30分以内で行ける距離になるとは思いもよりませんでした。

 そんな期待の中行こうと思ったのですが、その前に北海道民(元含む)から「あまり状態のよくないジーンズが結構高い。見るだけだね」との情報を受け、正直心配になりました。

 今日行った所は支店(?)のようでやっぱり低価格古着ばかりでオイラみたなマニアが喜びそうなものはレジ下のガラスケースにディスプレイされているものだけでした。

 最近の古着の流れとして必ずあるのが「A&F」「メゾン系80sシャツ」な気がします。
「A&F」は米国SPAの大手。今はGAPよりも高感度な人たちにウケがイイ、所謂アメカジブランドです。日本ではアバクロって略されてますけど、昔はアウトドアメーカーだったはず。洗いをかなりかけて風合いを出しています。でも半袖ポロシャツが¥9800ってやりすぎでしょ?米国じゃそんなにしないよ・・・幾ら日本に代理店がないからって・・・

 もうひとつはメゾン系のシャツ。有名どこだとクリスチャンディオールやイヴサンローラン、ピエールカルダンあたりかな?どれもボックススタイルでワンポイントが胸に入る、今のディオールオムやイヴサンローランリブゴーシュオムとはかけ離れたシルエットだったりします。プレタポルテと言うかライセンシーでガンガン大量製造されました感の強いシャツです。それで大失敗したのはピエールカルダンですが(笑)

 結局ペールフェイスでは何も買わず出てきちゃいました。噂どおりで残念です。やっぱり10年で古着も変わります。今後どういった流れになるか楽しみです。

 個人的には英国の古典的古着や米国古典古着に特化したお店があったらなぁと思う今日のこのごろです。
北海道 2005年3月31日
 人生で初の本州を離れての生活。会社では九州や四国と同じように「海外組」と呼ばれます(笑)ようやく落ち着いてきたので札幌駅方面へ向かいました。

 何でも3/30にパルコパート2がオープンしたということで行ってみました。ここでの見るべきところは最上階。ナイロンとザリアルマッコイズです。

 ナイロンと言ったら関西では老舗の古着屋さん。ヴィンテージもテンコ盛りというイメージが強く、期待して行ったのですが・・・・

 店舗を見てみるとヴィンテージはほとんどありませんでした。あったのは低価格な古着ばかり。トップスは全てハンギング。ボトムも一部を除きハンギング。最近の大型古着屋はハンジロー的なスタイルが主流なのでしょうか?確かに女性のお客さんがごった返してました。やはりナイロンも時代の流れに逆らえず、今の雰囲気に合わせて変貌したようです。拘りヴィンテージだけでは飯は食っていけない、そういう時代になったということでしょう。

 同階にあったザリアルマッコイズはナイロンとは一転してほとんどお客さんがいませんでした。品揃えも薄々といった感じでマッコイズのほか、東洋エンタープライズやロストワールドなどそろえていました。マッコイズ1本ではもはや呼び込めない、人を引き寄せることができなくなってきているのかとこちらもちょっと寂しい感じでした。

 そんな訳で両店ともぐっとくるものがなく、続いて昨年オープンしたエビスに行きました。(その間、UA・JS・BEAMS・SHIPSなどは見ときました。最近の地方に出店しているセレクトはショップオリジナルが多くて食傷気味です。業績の悪化しているBEAMSが一番マシでした。)

 さてエビス。高校生の時に購入して以来買っていません。そんなわけで久々に欲しくなったわけですが、普通のシルエットだとドレープが効き過ぎであまり好きではありません、正直。
 んわけで一番ドレープが出ない(というか出せないシルエット)を購入しました。カモメも1100円も取られて黄色を入れることに決定。明日には入れられるそうですが何でそんなに時間がかかるのだろうか?裾上げにまた時間がかかり結構な手間だ。
 まあこの手間を省いてしまうとオンリーワンなジーンズが出来ないわけなのだが。
ああ~早く届かないかなぁ。
レポート提出。 2005年3月12日
 大学時代、知り合いの卒論を手伝ってジーンズについてレポートを書いた。原稿用紙にして20枚ぐらいだろうか?もうほとんどオイラがそいつの卒論を書いたと言っても過言ではない。
 久々にその論文を読み返したくなって自分の書いた原稿を探したんだが見つからない。パソコンにはどこにもなかった(汗)
 それで久々にそいつに連絡を入れて聞いてみたんだがそいつの当時のパソコンあぼーんしたらしく見れなくなったらしい。う~ん・・・
 実はジーンズについての薀蓄を語って欲しいと依頼があり、面倒なんでそれに頼ろうと思ったのだがまた書き直しをしなければならないようだ。資料残っているかな?
期限は3月末まで・・・・引越しも絡むんだけど(滝汗)よし、フェリーの中で書き込むぞ(鬱)
間に合わなかった「足」 2005年3月11日
 偉い人にはわからんのですよ。

秋葉原の片隅で発見。偉い人向けに脚部を急造したようです。

このサイトに載せていいものかどうか迷いましたがかなりウケタのでつい。
・・・・・4/1のネタにすればよかった・・・
その名はCK 2005年3月8日
 つい先日リーバイスジャパンのCEOの話を聞く機会がありました。
リーバイスジャパンの社長と言えば、前にも書いた「リーバイスの行方(ボツです。幻のレポート=笑)」でも登場したVice President/Regional General Manager for Asia のMaria Mercedes Marcy Corralesさんだったんですがいつの間にかCK氏に交代になったようです。マーシーさん(長いのでこう呼びます)がどうなったかは判りませんが、このCK氏、韓国人なんです。
 リーバイスコリアの営業規模を5倍に上げた実績を買われ、日本に来たそう。リーバイスも韓流なんでしょうか?(笑)それにしても5倍とは凄いですね。スピーチは終始英語でしたが、英検2級なぶ~でも判り易く、聞き易かったです。流石外資企業と言ったところです。経営戦略会議なんかあれば全て英語なんでしょうねぇ。カンバゼーションなんかできないぶ~はリーバイスジャパンに就職できそうにないです(鬱)
 さてCK氏が指揮し、見事成功した大韓民国の市場がどのようなものかはぶ~は全く判りませんが、恐らく日本市場とはまた違ったものでしょう。
 マーシーさんが英断した価格変更(上昇)やリーバイスストアのショップ形態での販売戦略などを引き継いで彼が何をするか注目です。
 日本における売り上げナンバーワンを奪還できるのか?!
 
 元リーバイス原理主義者のぶ~としてはリジットな71501とか67502とか出して欲しいな(笑)
徒然なるままに。ぶ~的東京散策。代官山編 2005年3月6日
1日目 代官山に逝く。ぶ~が代官山に逝く時は必ず恵比寿駅西口から歩くようにしている。代官山は高校生の頃からよく行ってて行き着けの店は目を瞑っても行けそうな感じである。まずはptアルフレッドで今日自分がベルトをしてないことに気付き、WHCの珍しいスウェードスタッズベルトがあったので名物店長と会話を敢えてしないで即買い、付けていくことにする。

 東横線の架線下を通る。マッシュがあったところがバック屋のマスターピース(MSPC)に変わってた。BGMにフーファイターズを使っていたところが気に入ってみたけどオーディオがデザイン1流価格1流音質3流なB&Oで少し萎える。ラジカセレベルなのにあの値段はやはり・・・だ。デザインはイイんですよ、ほんと。え、バックの話・・・あまり好きなデザインじゃないです。

 少し歩いて以前来た時と店が総入れ替え並に違ったのでびっくりする。デタント・ヴォイスぐらいじゃないか、変わってないの?

 アドレスあたりで又もやウエアハウスを見失う。あれ、ここらへんのB1Fじゃなかったけ・・・?
諦めてドライボーンズに行く。先にお客さんが入ってて柄シャツの試着をしていた。オイラもシャツを見たかったのだが長くなりそうなので出る。

 そう言えば代官山で旧友が店長をしている店があることを思い出し、探すことにした。アドレス付近と聞いていたが・・・と思ったらあっさり見つかった。

 中に入ると結婚したての彼がいた。以前よりかっこよくなってた。ちょっと悔しい。2月でお客さんもあまりいなかったので昔話に花をさかせた。(O氏、スギ、ケロたん、ベムベラベロ○○スケの話だよ。店知りたかったらメール頂戴)

 彼のところで新作のジャケットを買う。安くしてくれなかった。(まけろよ=笑)
 ここで上司と合流。エビスザトーキョーに逝く。

 特に目立ってグっとくるもんがなかったのですぐ店を出る。続いてゴールデンゲートへ。
上司がフライツォーリのジャケットを試着してたので、店員の3倍以上の接客&知識で(店員苦笑い)お買い上げいただいた(笑)

 再び恵比寿駅に着き、そこから新宿へ。

 前日に下見して出会ってしまったエィスのシャツがどうしても気になって新宿伊勢丹メンズ館へ。サイズもちょうどぶ~サイズ。でもかなりタイト。どうしようか迷ってたが綺麗な女性店員さんのお勧めや先ほど撃沈された上司のここぞとばかりの買い
月電波の前に遭えなくお買い上げとなった。

 上司とディオールオムで話をする。前日別の友人がパンツとシャツで10万ぶち込んでいた。スーツで21万だからジャケット単体とパンツ単体で買うよりC/P高いよね、と話をするも多分お世話にならないブランドであろう、ちなみに革ジャンは59万也。ライン細くて素敵だね。

 オフ会の時間になったので上司と別れ、ジャンキースペシャルへ。
ほどなく全員集合。夜の新宿の街に消えていくのでした。

ああ今回も散在。だけど個人的には大満足なPricelessです。カードの支払いが怖い(笑)
嫌いだけど好き。2005年2月27日
 リーバイス原理主義からの解放。とか言っておきながらやっぱり気になるんですよ、リーバイス。SWITCHではリーバイスの特集が組まれていました。KJ、浅井氏(元ブランキー)、藤原ヒロシ氏、BIRD、CHARAと癖のあるアーティストのインタビューがあったり(今期2005SSのリーバイスブックにモデルとして出てます)と尖がった邦楽好きにはよい内容でしょう。
 さて2005SSのリーバイスブックを見るとイヤーリミテッドかなと思わせるヴィンテージラインが。

 71501 67502 646

 この数字だけでわかったら相当なレプリカマニアですよ(笑)
今回も残念ながらリジットなし。にしても随分歴史の浅いモデルが増えてきましたね。
シンチ付きやサスペンダーボタンのついたウエストオーバーオールは流行らないか。
最近じゃあリジットよりもワンウォッシュを買っていったり、既に加工が入っているものが流行っているから仕方なしかな。

ぶ~的には遂に本腰を入れた502の復刻が見れると思うので個人的にはそれだけで大満足です。
あ、復活してたのね 2005年2月22日
 リーバイスブック2005SS※が店頭に並び始めたようです。早速1冊ゲットしてきました。何も買わないでこれ持ってくるの何か勇気いりますよね。フリーペーパーなんだけど(笑)
 2004FW※2で始まった相反する二つの要素をフィーチャリングしていたリーバイス。2004FWがテッズ(ロッカーズ)orモッズに対して2005SSは「アメリカンフリーダム」と「ブリティッシュロック」だそうです。
 アメリカンフリーダムはまんま「ウッドストックフェス」をフィーチャリングしているようでフォークロアやリメイクな印象が強いです。ブリティッシュパンクはまんまシドビシャスな世界感。と言ってもガーゼ素材やボンテージパンツなどのコテコテスタイルと言うよりは90年代初頭に一瞬流行ったソフトパンク路線な印象でした。
 ぶ~が特に気になったのは下の見開き。これサークルRなんです。サークルRについてはこちらで散々ひどいこと書きましたが今期より復活した模様。
 今期は時代を反映してか素材でのアプローチよりもスタイルと加工を強調したモデルとなっています。左の画像のモデルさんの足を見てもらうと分かりますが立体裁断かのような大胆なヨジレがあります。アウトサイドシームが裾に向かってインサイドにくるデザインです。このデザイン、トゥルーレリジョンと似ているような・・・と言ってもトゥルーレリジョンもリーバイスレッドの3期目に激しく似ているわけで。個性を出そうとするとどうしても各社似通ったデザインになってしまうようです。
 レギュラーフィットとルーズフィットでお値段強気な¥23100。初代サークルRと同じ轍を踏まないことを祈って。でも踏んで欲しかったりして・・そしたらまた買おうかな(笑)

 
※と※2 SS=SPRING&SUMMER FW=FALL&WINTERの意味です。ファッション業界ではこの二つの期間に分けて各ブランドがコレクションを発表しています。
 不正競争防止法改正へ 2005年2月17日
1週間ぶりの更新。実家に帰ってたので色々書きたいことがあったんですけど、丁度前回の内容にすこし関わる記事があったので掲載。(日経MJ誌2/11)

 経済産業省はブランド品の模造品や海賊版の被害拡大を防ぐ不正競争防止法の改正案を衆議院に提出した。署名ブランドの名称やマークの盗用、形態を模倣する行為を新たに刑事罰の対象とする。同法に違反する商品を輸入差し止め措置の対象にも加える。今国会で成立すれば、同省は今年末商戦前の施行を目指したいとしている。

 いよいよ偽物一斉摘発か!?なんて書くと大げさですけど、今までこういう外枠もまともにできてなかったんですね。著名ブランドのマークや表示を商標登録されていない商品分野や業態、サービスに使うことを禁止するようで、風俗店に「ディズニー」と屋号を付けたり、ルイ・ヴィトンのモノグラムの入った車のハンドルカバー(LVMHが出していない)を付けて販売することも禁止になる様子。更にエルメスの特定のバック(例えばケリー)に似せたバック(形状が似ている)を流通させることも刑事罰対象になると言う。
 形にまで法律が適用されるとはビックリ。今までケリータイプだのバーキンタイプだので販売していたのもアウトになるわけですね。バック屋さんもオリジナリティを問われる時代に入りそうです。
 
 さてジーンズはどうなんでしょ?エビスの偽物(昔からあったけど)が有名ですけど、ジーンズの形態(デニム、5ポケ、バックヨーク、リベット等)はリーバイス社の501を起源とするならば全て模倣になってしまうのではないでしょうか?じゃあジーンズはリーバイスだけしか穿けないの?となると独占禁止法に抵触しそうですね(笑)
 冗談はさておき、リーバイス501に似せたジーンズを販売すること自体は今まで以上に厳しくなると見てまちがいなさそうです。特にスポット商品とは言え、まんまアーキュエイトステッチとか入れているブランドはできなくなる可能性大ですね。まあアーキュエイトステッチが好きでリーバイスの復刻が嫌いな人は世の中に(特にネットジーンズ界においては)すこぶる多そうですが、そんな人は素直にリーバイスの復刻買いましょう。意外といいかもしれませんよ。
限りなく白に近いグレー 2005年2月13日
 最近はすっかりインターネットでお買い物が普通になりまして真に便利になりました。ぶ~がインターネットを始めてから8年が経過し、あの頃とは便利さが桁違いです。その進化に驚いている筈なのに「当たり前」になっているから怖いものです。
 さてインターネットの普及であまり表に出てなかった部分、つまり偽物もいよいよ本格的に出始めてきました。もちろん正規販売店と謳っている所で購入すれば問題ないんですが、安さに釣られて「しまった~!」という人もいるんじゃないでしょうか。はたまた敢えて偽物と知ってて買う確信犯なお方も。あの商品(に近い、違うもの)があの価格で手に入るというのは魅力的です。偽物と本物両方買って、本物を仕舞って偽物を使う人もいるでしょう。
 偽物を購入することは犯罪なんでお勧めできませんが、これから話すのは「それって偽物なの?」というやつです。
 その「それって偽物なの」には2種類あります。
 一つはライセンス切れ商品。例えばある工場(A工場としましょう。)でBというブランド(Bとしましょう。)のバックを期限付きで生産していたとします。Bは非常に人気のある商品でA工場はフル回転。期限内で目いっぱい作って出荷しました。
 そして期限が切れてBは違う工場へ生産を委託したとします。しかしA工場は売れるからBの許可無くBのバックを生産し続けます。そして違う業者へ卸すのです。
 これもBからすればその期間外の未許可商品ですので当然偽物扱いです。例え同じ材料・同じ人材・同じ工場であっても。
 もう一つは並行物です。米国A社の商品を仕入れ・卸を取り仕切る日本での国内代理店がBだったとします。A社の商品は馬鹿売れ。Bもウハウハでしたが本国からの到着が遅れ気味です。そこでCという業者が米国でA社の商品を扱っている店で大量に仕入れ、日本でBの希望小売価格よりも安く売ったのです。これもBからすれば代理店ではあるBを通さずに入ったA社の商品は全て偽物と言います。米国では本物として売られているのに代理店を通さないが為に偽物扱いです。
 以上2つは極端で、以前に比べば非常に少なくなりましたが、過去にそういった話もありました。業者によって扱いが異なると思いますが、こういうのも何とかしてもらいたいものです。消費者にとってはどちらも本物に見えますからね?

 でも何だかんだ言ってもやっぱり正規で正規の価格で買うのが間違いなさそうです。皆さんがトラブルに巻き込まれない事を祈って。
リーバイスのちょっといい話。2005年2月6日
 クロロフィル社から「自社のブランドイメージを著しく下げる可能性がる」とのクレームがありましたので(嘘)早々変えます(というか思ったほど笑の部分がなかった。) ちょっとネタとしては古いのですが1年ほど前の繊維ニュースで掲載されていたリーバイスのちょっといいお話。(以下紙面の抜粋)

 リーバイスジーンズは世界中様々な国で作られています。バングラデッシュで、私たちが契約を結ぼうとしていたビジネスパートナーの工場では数人の就労年齢に満たない少女が働いていることが判明しました。少女たちを解雇することは彼女たちを経済的に困難な状況に陥らせることになります。私たちはビジネスパートナーと協力して解決策を見出しました。ビジネスパートナーは彼女たちの雇用を止める一方で、引き続き少女たちには給与を支払い続けると共に、就学できる措置を講じることに同意しました。私たちは少女たちの授業料、教科書の費用、制服の費用を負担しました。更にビジネスパートナーに卒業後の少女たちの仕事を保証しました。

 2002年に米国製501が名目上廃番になり、フィリピン製の501が登場。リーバイス=アメリカの符号が一致しなくなりました。リーバイスのファンもこれを嘆いていましたが、海外へと生産拠点を移すことは満更悪いことだけではないようです。悪いのはイメージだけでしょうか。

 40年以上昔の日本もそうでした。日本製と言えば馬鹿にされていた時代があり、それを日本人は手先の器用さと柔軟性で少しずつ確実に品質を上げていって世界の名立たるメイドインジャパンブランドにしたわけです。

 今後10年でどれだけアジア諸国(日本除く)の技術力があがってくるのでしょう?日本もウカウカしていられません。がんばれ、ニッポン(あれ、趣旨変わっちゃってる)
いざ、出陣! 2005年1月30日
二つ前のテキストで書いていたクロロフィルです。一枚でこのボリューム(笑)この上っ張りだけで定価58000円もするすごいやつ。化繊の合成ですよ、ナノに6万ちかくとるんですよ(あくまで定価の話ですが)ツープラのすーつなら2着いけますよ。
 でもいいの。「個人的には大満足です。」だから(笑) 

 さあゲレンデに向けて出陣じゃぁ(馬鹿)

価値観の変化 2005年1月26日
 永い事ジーンズを見ているといつの間にか自分の好みが大分変わってきていることに気づく。ぶ~は中学生から高校に上がった時点でリーバイス原理主義者になっており、リーバイスレプリカマンセーだった。
 そこに現れたのがエビス。カモメのペンキステッチだ。最初こそ抵抗があったものの、代官山で某有名スタッフに接客されて通称「裏エビス」を買った。だがドレープの激しいそのシルエットが気に入らなく、穿きこみはしたもののエビスジーンズを追うことはなかった。
 大学に進学し、バイトを始めた頃に目についたのはシュガーケーン、東洋エンタープライズだ。価格も他のクラフト系に比べればこなれてて上野や中野でよく買った。同じくバズリクソンのB-15Dモディファイに心奪われ、フライトを買い漁ることになる。この頃はレプリカ原理主義・ヴィンテージ原理主義者でリーバイスレプリカは糞!とまで思っていたものだ。この時点で過去の自分(=リーバイスレプリカマンセー)とは完全に決別していたように思える。
 在学中ジーンズ量販店でバイトを始めて、リーバイスも本格的な復刻を始めた頃は、同じくレプリカを出し始めていたリーに着目した。
 量販に来るお客さんはエドウィンかリーバイスがほとんど。人と被ることを極端に嫌うオイラはアメリカジーンズ3大ブランドであるにもかかわらずマイナーなリーを選んで穿いた。もちろんリーを選んだのには理由がある。レプリカなのに「安い」からだ。安い割りに好みの色落ちになったので益々好きになった。自分で言うのも何だがあんまりカッコよく色落ちしたから店で飾って、それを餌にリーレプリカをがんがん売った覚えがある。(もちろん自分の穿いたモデルではない。笑)
 その頃は未だレプリカマンセーだったのだがそこで一緒にバイトをしていたO君に出会い、かなりの影響を受けた。
 O君はアメカジじゃない人で専らベイクルーズ系なフレンチワークチックな格好をしていたのだ。アメカジしかやってこなかったオイラじゃ到底似合わないであろうその格好は憧れてもいた。着れるサイズなんかないだろうな、なんて思って彼に付いて行って渋谷や下北沢のBCストックに行った。そこでは店で売れ残ったものを置いてあるのだが、オイラのサイズは売れないようでよく残っていた。当然安い。初めて着るフレンチ。(と言ってもルミノールのボーダーやらエディフィスオリジナルだが)意外としっくりきた。レプリカに合わせてもそんなに違和感ない。(と感じた。)それに調子付いてレプリカの他にジーンズもシマロンのメンズやLポケパンツなんかを穿くようになった。そこからジーンズに合わせるトップスがアメカジから徐徐に変化していった。
 量販のバイトを辞め、社会人になってからはビギンを読み始めるようになり、アメカジよりも色々な国の伝統的なトップスに着目するようになった。(ビギン君化。)日本。米国。英国。伊国。仏国。独国。露国。国ごとに特徴があって得意分野があることに気づいた。まあ結局は舶来品コンプレックスの固まりになってしまったのだが、ジーンズはレプリカという呪縛が解け、さすがにケミカルは厳しいが、加工モノだろうがレギュラージーンズだろうが気に入れば穿けるようになっていた。根底にはレプリカジーンズがあるものの「研究はしたいが着こなしの一部で十分」と思えるようになっていった。レプでなくてもよいと考え方はすごく楽だ。
 ジーンズ本来の持ち味リラックスに近い。
 色んなのに手をだすから散財は益々加速するのではあるが(苦笑)


 頭堅くなってませんか?
GORE-TEXの憂鬱 2005年1月21日
 ぶ~はオールドまたはオールドテイストなアメカジが好きなんですがハイテクアウトドア系も好きなんです。冬はゲレンデに繰り出し、ファンスキーなんかをやってます。ボードなんかミーハーなのやってられっか!と言っておきながら一番ミーハーなことしてたりと(笑)
 そんなわけでゲレンデには雪や風、時には雨を防ぎ、保温性の高いハイテク素材なウエアが必要になるわけです。ア○ペンで売っているウエアでも必要十分なのですが、やはり「拘り過ぎ」としてはアウトドアブランドの本気系が欲しいわけです。だからと言ってモ○ベルは本気モード過ぎて微妙に垢抜けないのでパス。パタゴニアはもう猫も杓子もなご様子なんでこれもパス。なかなか自分にピーンとくるブランドがありませんでした。
 そんな中、「人とあんまり被らないブランドないかな~。しかも期末にセールかかるやつ(笑)」で発見したのがクロロフィルです。カナダのメーカーで本気モード。マイナーブランド好きとしては人と被ることも滅多にないと言うことでここんちに注目しました。早速国内2箇所しかないアウトレットに行ってトップスとボトムを選んでいました。
 A&F(=代理店)がやってるだけあってアウトレットとは思えない充実した品揃え。其の中にはもちろんゴアテックスを使ったモデルもありました。ただゴアテックスモデルは単品としては非常に高価で冬山に行くには更にレイヤード(重ね着)を視野に入れなければなりません。完全防水と優れた透湿性という相反した機能を有するハイテク素材ゴアテックス。オーバースペック厨なぶ~が欲しくないわけありません(笑)
 しかしスタッフ(今度の方はしっかりと知識があってよかった)と色々話していく中で驚くべき事実を知りました。
 ハイテク素材ゴアテックス、既に30年以上昔に開発された素材だとは知っていましたが、何故、単品でしか(中綿を入れたりなどしない)なかったかと言うとゴアテックス社が許可してなかったそうです。だからパタゴニアだろうがアークテリクスだとうがノースフェイスだろうがそしてクロロフィルだろうがレイヤードを前提として、インナーを必要としたわけです。しかしこれだとモサモサで動きづらくなります。各社体の動きを考慮して立体裁断などを採用していますが動きには限界があります。そうでなくてもゴアテックスは名前の通り(か?)ゴアゴアしてて正直着ずらいとこがあり、更にレイヤードでもしたら重量増にもなります。そんな面でフレキシブルではないメーカーの対応にちょっとイヤンな感じを受けて結局機能では若干劣るCHS(クロロフィル独自の撥水・透湿性のある素材)を使い、その他テフロンHT・Hollo Fill2・シンサレートなどてんこ盛りな中綿入りの上下セットをお買い上げしました。一枚で抜群の保温性。これだったらインナーもロンTぐらいで十分です。今年のゲレンデはこれでいきます!
 そんなわけで今回はゴアテックスはスルーしてしまいましたが、ゴアテックスさん、素材としての知名度は非常に高いし、超好きな素材なんで柔軟な対応をお願いします。
NOMARK杉並支店からの頂き物 2005年1月17日

すげ~素敵。ありがとう、TOSIさん♪
店モラル・客モラル 2005年1月12日
 今日初めて秋田市内に行ってきました。雪は積もっているし、路面凍っているし、昼なのに0度だしで大変な旅になりましたが、今回の目標はセールです。
 正月が過ぎていよいよ衣料品関連は冬物消化のためのセールを開始しています。秋田市内でも各ファッションビルが大々的にセール感を打ち出していました。
 色々巡ってみてのジーンズ取り扱いについての感想は1Fのレディスでは必ずと言っていいほどインポートデニムコーナーがあって(=インポートジーンズの意)、セブンやヤヌーク、そしてトゥルーレリジョンなど旬なジーンズが並んでいました。もちろん「セール対象外」だったりするので見ているお客さんはそんなに多くないのですが、人気のデザインではサイズ欠けがあったりと、依然レディスインポートデニムは強いみたいです。
 さてさてメンズはと言うとレプリカはすっかり形を潜め、レプリカよりかはオリジナリティが強いクラフト系デニムを多く見かけました。
 アルキャミストからシュガーケーン(砂糖黍の方)、エビスなどなど。其の中で気になったのはジーンズネット界(?)でも有名になりつつある「鬼デニム」でした。あのゴワゴワ感で虜になった人も多いとは思いますが、ぶ~が久々に欲しいなと思ったのは「鬼ヴィッチ」でした(何か嫌な名前だな。)ヒップポケットに何かしらのステッチが入っていないと気が済まない性分なので赤鬼・青鬼でもいいんですが、ステッチとしては微妙だったもんで。鬼ヴィッチは今までにない新鮮さを感じました。今度実家に帰ったときにでもゆっくり見ようと思います。

 さて微妙に長い前振りだったんですが、あるショップでの出来事でも書こうかなと。

あるショップに入って少しジーンズを眺めているときのこと。
店員(以下T)「ジーンズお探しですか?」
ぶ~「いや~別に。見てるだけですよ。」
眺めていたのはフルカウント。声をかけた男性店員の顔を見るとまだ20歳前後ぐらいに見えた。
接客されるのは嫌いではないのだが、対外こう言えば店員も一歩下がって様子を伺うと思ったのだが・・・。
T「こちらのジーンズなんかいかがですか?」
と見せてきたのはなんと”G-star”。
ぶ~(はぁぁぁ?!客=俺は明らかに接客を嫌がる態度をしたのに、更に明らかに系統の違うジーンズを薦める気かぁ?!)
その時ぶ~の穿いていたジーンズはトゥルーレリジョン。ひょっとしてミーハージーンズ馬鹿だと思ったんだろうか?ここでおいらの心に火が付いた。
元販売員(+ジーンズサイト管理者=俺)として君(=T)の力量(=接客能力+商品知識)を見てあげよう。
 はっきり言って嫌な客。だがぶ~脳内では「見せてもらおうか!連邦軍のMSの実力とやらを!」(シャア談)状態だった。元販売員VS現販売員 駆け引きファイトレディゴー!(=ヲタ決定)
T「お客さん、G-starって知ってます??」
ぶ~「うん、知っているよ。丁度おいらが高校生のころ一度ブームになったかな?立体裁断の元祖だよね、膝の切り替えしとか、その頃レプリカブームだったから全然見向きもしなかったよ。」
T「お客さん、よく知ってますね。これ今日僕穿いてるんですけどいいですよ~。」
ぶ~「具体的に何が良いかは聊か疑問だけど、穿きやすさはよいだろうね。でも俺、嫌いだから。デニムに膝の切り替えしがあるのって穿きこんでいくうちに変なアタリでそうだし。まあ色落ちを楽しむジーンズじゃないから問題ないだろうけど。そんなことよりフルカウントの品揃えはどうなの?」
T「僕、お客さんのようにあんまりジーンズ詳しくないんですが(すこしキョドる)、これなんかどうですか?太くて穿き易いですよ。」
見せてきたのは0109という品番だ。
ぶ~「別に太いのを探しているわけじゃないんだけどさ。ふ~んこれ、コンシールドリベットがないけどビックEモデル?」
T「すいません、よく分かりません・・・」
ぶ~「え、ビックEも知らないの?折角あっちでデニム本まで飾って販促かけてんならよ~く読んでおいた方がいいよ。」
T「お客さん、ほんとよく知ってますね。」ぶ~(こいつまだ目は死んでないな。)
ぶ~「そう言えばエビスも扱ってたよね?」
T「はい、うちはユーロエビスなんですよ。これなんかどうですか?広げてみると大きくエビスのペイントが入っているんですよ。」
ぶ~「このペンイントデザイン何て言うか知ってる??」
T「え、知らないです・・・」
ぶ~「大黒ペイントって言うの。君、扱っている商材なんか大して多くないんだからせめて自分の店の商品の基礎知識は持っておいて接客に望みなよ、それからただ薦めるのではなくて客の要望もしっかり聞きなさい。客が何を求めているのか分からないうちは何を薦めても買ってもらえませんから、残念!」Tの言葉を聴くこともなく、さっと踵を返して店から離れた。

試合終了。2分の死闘の勝敗はTの基礎商品知識不足によりTの判定負けということで。


 おいらもあれぐらいの年齢で売り場に立ってたが、客より知らぬは恥と思い、そりゃ熱心に勉強したもんさ。自給外のことでもしっかりやらないとね。つ~か今の若者にそれを求めるのは無理か。にしてももう少し商品知識をもってもらいたい、と思った買い物でした。
・・・・・・あ、そう言えば何も買ってない(爆)
あれ、俺、40代?!
 先日の(1月5日発行)日経MJ紙に40代独身の消費について一面でデカデカと掲載してて興味深く読んでました。
 バブル経済とその崩壊後の経済を経験し、モノやコトにこだわりが強いのが特徴だそうで「拘る物をとことん収集するタイプ」と「興味ある広い分野で最高のお気に入りを探すタイプ」に大きく二分するらしい。ぶ~は間違いなく後者にあたります。40代ほど裕福でお金を持っているわけではないですが、自分の範囲内で買えるお気に入りのものを買っています。
クルマ、オーディオ&ヴィジュアル、時計、そしてジーンズと。好きな分野はとことん調べて財布と相談しながらC/Pが最も高そうなものを選んできたと思います。
ちなみに前者のタイプは某兄貴がまさにそのとおりですな。(最近ではライダースを収集・以下略)

また40代独身男性はアメカジが好んで着るようでアイビールックほど堅くはないにせよ適度にくだけたアメカジで若さをアピール・・・あの世代が”Free&Easy”が好きな理由がなんとなく分かりました。

あれ?
アメカジ好きで40代と同じような消費行動をしているぶ~って・・・まだ20代ですけど(汗)

オフ会で一回りやそれ以上違う人生の諸先輩方から「歳を誤魔化している」だの、「36歳」だの言われるのはここらへんにひとつ理由があるのかもしれません。
おいらは1978年生まれだい!!
MADE IN USAの新解釈 2005年1月4日
 最近めっきり見かけなくなってきたメイドインUSA。一昔前まではプレンティスだのビックマックだのレッドキャップだのタグに"MADE IN USA"って入っているのが普通だと思ってたら何時の間にやら"MADE IN CHINA"が幅を利かせるようになっていた。質実剛健さを売りにしていた米国ワークブランドは国外に生産拠点を移したり、時代についていけず倒産したりと悲しい現状である。今も市場競争力があるメイドインUSAはTシャツぐらいだろう。ジーンズの生みの親リーバイスですら現行501をフィリピンで生産しているのである。
 ではメイドインUSAは無くなったのかと言うとそうでもない。ワークという「堅実+安価」な路線から「流行性+高級」なブランドが乱立し始めているのだ。
 特に昨今のレディスインポートジーンズブームでその傾向は顕著で、ペーパーデニムアンドクロス、セブンフォーオールマンカインド、ブルージーニアスなど新興のジーンズブランドがフォロアーが付くぐらい人気となっている。こういったデザイナーズジーンズブームは1980年代にも起こっており、今と同じぐらい新興ブランドが現れたと言う。だがブームが過ぎると次々に消えていき、現在も残っているブランドはCK(カルバンクライン)ジーンズくらいである。
 ということはこの流れも一種のブームでやはり下火になったら消えていってしまうのだろうか?レプリカ・ヴィンテージブームでも日本国内でそれこそ数百のブランドが現れ、そして消えていった。日本人は世界の人と比べても明らかに熱し易く冷め易い。しっかりしたデザイナーなり、会社なりでないと生き残りは難しい。
 時代と共に変わっていくメイドインUSA。何度洗ってもビクともしないようなタフなやつでシルエットが綺麗で、出来たら綾ミミ付きのメイドインUSAなジーンズが欲しい。(ないだろうな間違いなく。)

 
最近買ったトゥルーレリジョン。これもメイドインUSA。フリークラスでUP予定です。

新年の挨拶 2004年12月31日
 明けましておめでとうございます。
本年もぶ~とノーマークをよろしくお願いします。
ポータルは見切り発車でしたのでコンテンツが全くできておりません(汗)
しばらくは旧サイトのコンテンツをリニューアルをかけていく形になりますのでそちらをご覧ください。できればこの表紙はブログっぽくやれたらなと思ってます。毎日は無理なんで毎週程度ですが。
 できれば毎週何らかのジーンズのお話をできるよう頑張ってまいりますので「生暖かく」見守っていただけたらなと思います。
一発目の挨拶。2004年12月末日
ホームページ及びサイト名の変更

 NOMARKから足掛け5年。サイトデザインも飽きてきた&光導入で快適なインターネット生活が得られたのでいよいよサイトデザインを一新しようと早速取り掛かりました。
 サイトを始めたころはテレホーダイやらISDN出始めの頃で通話時間が長時間になって親に怒られたこともしばしば。その頃はまだ大学生でした。それこそファミコンではないのですがインターネットは一日2時間までと制限がつけられたぐらい(笑)サイトの更新は専ら大学のパソコンからでした。
 親から経済的にも生活圏的にも独立し、社会人になって電話加入権を取得。心起きなくインターネットができる環境になり、オフ会もかなりのペースで行っていたと思います。途中掲示板のレスの遅れや更新の停滞などがありましたが、その都度お友達の生暖かい声援でやってこれました。
 月日は流れ、ISDNからADSL、そしていつの間にか光導入へ。人事異動で東北を巡るうちに送信速度は速くなっていきました。その環境に合わせてサイトもパワーアップを図ろうと思ったわけです。
 製作取り掛かりが11月下旬。色々プロジェクトが残っているにも関わらず、やり始めたらとまらないんですよね。まだまだリニューアル途中ですが、薀蓄20%増量で頑張りますのでゆっくりご覧ください。